(岩波文庫・1012円) 静かな記憶の情景をたどる 近代アメリカ文学の新しい情景を知ることができた。 セアラ・オーン・ジュエット(一八四九―一九〇九)の代表作「とんがりモミの木の郷(さと)」(本邦初訳)ほか五編で構成。この女性作家の本が、日本で出るのは、この文庫が初めて。 ジュエットは、入植時代からの古い歴史と文化をもつアメリカ北東部ニューイングランドのメイン州の町に生まれた。子どものとき、医師の父に連れられて各地を歩き、ニューイングランドの自然、農民、漁民の生活を知り、一〇代で創作の道へ。一八九六年、四七歳のときに発表した「とんがりモミの木の郷」は、地方に生きる人たちの静かな記憶をたどるものだ。 「長く延びた岸辺を覆う数多(あまた)のとんがりモミの木は、黒っぽい外套(がいとう)でもまとって船出を待つかのように立ち並んでいた」。遠くに小さな島々の見える海辺の町で、文筆家の「わたし」は、ひと