ある意味承前*1 古川日出男の作品には、頻繁に地図が参照され、地名が記述される。しかし古川的地図は、その土地固有の風土をもたない。物語の背景として記述される地図・地名には、作中人物がかつて生活してきた記憶や痕跡をとどめないし、今後も生きるべき参照枠として固有の付加価値を持たない。それが古川的地図。 ここでおさらいをしておくと、そのような土地固有の風土を最終的に無効なものとして処分したのは、文学史上、後藤明生の「団地」と中上健次の「路地」だとされる。そしてそれ以降、そのような更地化した地図の上に、架空の物語を注入し、記号論的な都市空間やテーマパークを演出する試みがいくつかなされてきたのだった(村上春樹の「ジェイズバー」「神戸」から島田雅彦の「郊外」「ロココ町」など)。 しかし古川的地図に記述される地名はそのどれでもなく、無機質なものだ。作中人物が動く線と線を結ぶ交点として、あるいはエピソード