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2014年3月17日のブックマーク (4件)

  • 原始の重力波 | 大栗博司のブログ

    米国の東海岸時間の月曜日の正午(日時間の火曜日の深夜1時)にハーバード・スミソニアン天体物理学センターで、BICEP2望遠鏡の観測結果についての記者会見があるとの発表がありました。 発表の内容は明らかではありませんが、英国の『ガーディアン』紙によると、初期宇宙の時空間の量子的な揺らぎを起源とする原始の重力波の存在を、世界で初めて確認したのではないかということです。 BICEPとは Background Imaging of Cosmic Extragalactic Polarization の略で、南極点の近くのアムンゼン‐スコット基地に設置された望遠鏡を使い、138億年前の宇宙の始まりに発せられた、宇宙背景マイクロ波輻射(CMB)の偏光の観測を行うものです。上の写真の右側の望遠鏡が、第2世代のBICEP2です。 BICEPプロジェクトは、Caltechのアンドリュー・ラング教授とジェイ

    原始の重力波 | 大栗博司のブログ
    sakstyle
    sakstyle 2014/03/17
    18日に重力波発見の会見が開かれるのではないか、と「1990年代の理論的研究により、初期宇宙に重力波が存在すると、それはCMBの偏光にB-モードと呼ばれる渦状のパターンを引き起こすことがわかりました。」
  • ネッド・ブロック「心的像についての議論における写真的誤謬」 - うつし世はゆめ / 夜のゆめもゆめ

    http://philpapers.org/rec/BLOTPF 心の哲学における心的イメージについての論文なのだけど、ここで出てきた概念(コミット、明示的非コミット、暗黙的非コミット※)はその後描写/図像の哲学でも頻繁に用いられている。背景としては、心的イメージは言語的なものなのか、図像的なものなのかという議論が元々あって、そこでそもそも図像って何なのということが議論されたという感じ。 心の哲学から美学へとアイデアが伝わったわけで、こういう横のつながりはおもしろい。 ※以前解説を書いたことがある。 http://d.hatena.ne.jp/at_akada/20140212/1392171817 争点になっているのは、図像の確定性。たとえば、言葉で「ここに三角形があります」と言うと、とくに角度について何も言っていないがとにかく何らかの三角形があると言うことができる。一方三角形の図像を描

    ネッド・ブロック「心的像についての議論における写真的誤謬」 - うつし世はゆめ / 夜のゆめもゆめ
    sakstyle
    sakstyle 2014/03/17
    心の哲学の論文だが、ここで出てきた概念がのちに美学へと伝わった。図像についての「非コミット」という概念(細部を確定させないこと)
  • 源河亨「何が知覚されうるのか―知覚経験の許容内容について―」 - うつし世はゆめ / 夜のゆめもゆめ

    http://openjournals.kulib.kyoto-u.ac.jp/ojs/index.php/cap/article/viewFile/108/46 高次性質(種性質、美的性質、道徳的性質、不在・欠如など)の知覚についてのサーヴェイ。勉強になった。 高次性質の知覚が許されるかについてよく議論されるようになった背景。まず知覚可能性をしめすことによって、因果効力があること、世界の中に存在することをしめすことができるという関心もある。 また知覚の哲学の主流がセンスデータ説から内容説(志向説)に移ったことも関係している。センスデータ説はセンスデータが高次性質を例化しているという主張を認められないが、内容説の場合、高次性質の知覚に反対する理由はあまりない。 (1)低次説(高次性質は知覚できない説)からの議論 高次性質がちがっていても見かけが異ならないことがある(偽物のリンゴの知覚など)

    源河亨「何が知覚されうるのか―知覚経験の許容内容について―」 - うつし世はゆめ / 夜のゆめもゆめ
    sakstyle
    sakstyle 2014/03/17
    高次性質の知覚について
  • Aaron Meskin, Roy T. Cook, Warren Ellis『マンガのアート: 哲学的アプローチ』その2 - うつし世はゆめ / 夜のゆめもゆめ

    The Art of Comics: A Philosophical Approach (New Directions in Aesthetics) 9章 Roy T. Cook「なぜコミックは映画ではないのか: メタコミックとメディア特有の慣習」を読んだ。 http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/9781444354843.ch9/summary 「マンガを順次スクリーンに映していけば映画になる。だからマンガの美学はいらなくて映画の美学があればいいんだ」という議論に反論しつつ、マンガ固有の問題を考えてみましょうという論文。当はもう少し細かい議論だけど。 最初の反論は、マンガのコマってそもそもシーケンシャルじゃないよねというもの。マンガのコマは平面有向グラフだと言いつつ有向グラフの定義がはじまる(マスハラ)。 (著者はマンガの美学もやってるけ

    Aaron Meskin, Roy T. Cook, Warren Ellis『マンガのアート: 哲学的アプローチ』その2 - うつし世はゆめ / 夜のゆめもゆめ
    sakstyle
    sakstyle 2014/03/17
    マンガと映画の違いについて(1)コマがシーケンシャルじゃない(有向グラフらしい(マスハラ))(2)メタコミック(メタフィクション表現)。