彼女は居ないし収入も低く、自由に使える時間もそれほど多くはない。毎日疲れ果てて家に帰り、健康に悪そうな食べ物を胃に放り投げたら、冷えが厳しい浴室で水圧の弱い湯を浴びる。薄暗い静かな部屋で、安酒を呷りながら明るく賑やかなテレビ画面を眺めていると、いつの間にか眠りに落ちている。そんな毎日だ。 でも俺には、日曜の夜だけのささやかな楽しみがある。「思い出す」ことだ。祖母の家で食べた大きなスイカ。いとこと夢中になって遊んだ競馬のメダルゲーム。修学旅行で友達と乗った保津川のライン下り。塾で目が合った他校の女の子。貯めたバイト代を握りしめて行った地元のバイク屋。職場で優しくしてくれた、親父と同い年の上司。思い出せる限り詳細に、記憶の縁を辿っていく。綺麗な思い出は、いつだって俺に優しい。 どれもこれも、今となっては戻ることの無い遠い過去だ。しかし、だからこそ貴重なものだ。物の本当の価値に気付くのは、いつだ