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ブックマーク / d.hatena.ne.jp/zoot32 (9)

  • 2008-04-07 - 空中キャンプ

    いぜんわたしの会社に、27歳の青年が勤めていた。明るくて愛想がよく、友達は多かったようである。彼は中途で入社したのだが、1年ていどで辞めていった。当初は期待されていた彼がなぜそのように短期間で退社したのかというと、これは「プロ野球選手が好きすぎてどうしようもなかったため」であった。 別に、どれほどプロ野球選手が好きだからといって、会社を辞めることはない。通常はそのように考えるものである。しかし現実そうはいかなかった。なぜから彼は、小学校3年生のころから、選手のサイン集めに凝りだしてしまい、それが止められなかったのだ。特に外国人選手のサイン収集への情熱はつよく、そのキャリアおよそ20年、彼が収集を開始した年いらい、来日したすべての選手のサインを持っているのがじまんだという。わたしは彼からはじめてその話をきいたとき、口では「ふーん」などと感心をよそおいつつ、内心なんだかいやな感じがしたのだった

    scorelessdraw
    scorelessdraw 2008/04/08
    歳を取ると“はて、私は何を諦めてここにきたんだっけ?”とそれを思い出すのもあやうい
  • 空中キャンプ - 酒だ。めしだ。

    うちの会社には、監査がふたつある。外部監査とはべつに、社から内部監査の人がやってくるのだ。うちは外資系なので、わざわざシンガポールから監査がやってくる。この内部監査でケチがつくと、わりとややこしいことになる。なにしろ内部だから、いっさい遠慮なしに、もうどこまでも見ていくのだ。コピー機の金がかかりすぎだね、これちゃんと複数の業者に入札させてますか? この領収書さー、酔っぱらって終電を逃して、タクシー拾って帰ったときのを経費で落としてるんじゃないの。これにはさすがにぐったりである。 監査(Audit)はどうしても嫌われ役だ。映画「主人公は僕だった」は、税務署の監査役(Auditor)の男についての物語だったが、この広い世の中を見回しても、税務署の監査役ほど嫌われる男はなかなかいない。劇中、街のパン屋へ監査にいった主人公は、なぜか店の客にまで「出ていけ」と罵られ、ものを投げつけられていた。かわ

  • 空中キャンプ - 異能の者、命を削った遊び

    ネット上で公開されているドキュメンタリー映画、「The Great Happiness Space Documentary 2006」を見まして、わりとおもしろかったのでちょっと感想を書きたいです。約75分。大阪ホストクラブで働く青年たちと、客として店を訪れる女性を追ったドキュメンタリー。 作品を見ながら、ホストというのは、異能、異形の集団なのだなあとつくづくおもう。彼らの異能とは、「他人の心を意のままに操る」ことである。おそらく、ホストを目指す青年たちの欲望は、他人の心を自由にできるという全能感を終着地点としている。それはきっと、とてつもない快感だろう。登場するホスト青年たちは、「客に、僕を好きにさせるんですよ。それが不器用な人もいるけれど僕にはかんたん」と、平然とした表情でいう。ホストが嫌われる理由もきっとここにある。利己的な理由から、人の心をあっさりと操作することのできる者は警戒さ

  • 空中キャンプ-音楽があまり重要ではなくなってしまった

    三十代になっても、音楽がなによりすき、という人がうらやましくてたまらない。かっこいいなあ、とおもう。わたしは、そういうおとなを目指しながら、いつしか挫折してしまった。日常的に、音楽をあまり聴かなくなった。音楽を聴いて、ふるえるような感動をすることがなくなった。そして、生活の中で、音楽があまり重要ではなくなってしまった。こんな自分がなさけない。十四歳のわたしがそれを知ったら、さぞやがっかりするだろうなあ。いったい、いつからこうなってしまったのだろう。せっかく買ったiPodには、NHK「フランス語講座」のテキストCDしか入っていない。しかし、三十代で、あるていど音楽から遠ざかってしまっている人なら、わかってもらえるのではないか。十代、二十代の頃とおなじように音楽と接することは、もうできないという感覚が。 感受性が鈍ってきているのだという自覚がある。わたしも以前は、もっと繊細でするどい感受性があ

  • 2006-07-31 - 空中キャンプ

    歌舞伎町にて。興味ぶかく見ました。 作品において、選択されている主題は、消費文明の批判、命の価値とはなにか、というふたつだった。どちらも、テーマがおおきすぎて、かんたんには答えがでない問題である。人間の欲には限界がない。その欲は、自然や環境のバランスを崩してしまう。それはもう、じゅうぶんわかっている。しかし、暑い日にはクーラーをかけたいし、よく冷えたビールをぐっと飲みたいとねがうのが人間である。そうした生活の快適さだけを求め、後はどうでもいいや、誰が飢えても、どこかの国の人が貧困にあえいでいても、このアメニティは手放せない、というような、きわめて利己的な暮らしを、この国に住むわたしたちは営んでいる。それに対して答えをだせといわれても、もちろんだせない。この前者の主題について、映画は、無自覚であるよりは、せめて煩悶ぐらいするべきであろう、と訴えているように感じた。 後者の主題、命にはなぜ価値

  • まげてのばして ── 映画「嫌われ松子の一生」を考える:空中キャンプ

    「金がなければくよくよします/女にふられりゃ泣きまする/腹が減ったらおまんまべて/命尽きればあの世行き/ありがたや、ありがたや」。これは、昭和35年に、浜口庫之助の手によって書かれた「有り難や節」の歌詞である。なんとも実にいい。わたしは、人の幸福と不幸は、すべてこの歌詞に集約されているのではないかと感じることがある。そして、映画「嫌われ松子の一生」について考えると、どうしてもこの歌詞のことが頭から離れないのである。 「不幸とはなにか」について、いくらかでも真剣に考えたことのある人は、ひょっとしたらわかってもらえるかも知れないが、不幸のバリエーションってやつは、意外にすくないような気がするのである。きっと、特別な不幸などというものは存在しない。この世間に転がっているのはきっと、ありふれた不幸ばかりだ。不幸のパターンなんて、きっと三種類くらいしかないんじゃないだろうか。一、金がないこと。二、

  • 空中キャンプ - それはひみつ

    浮気をすると、かならず彼氏にばれてしまう」という女の子がいるのだが、その理由がとてもおもしろかった。うそが下手なわけでも、彼氏の監視がきびしいわけでもない。「どうしてもがまんできなくて、自分から言っちゃう」のである。お前はばかか。わたしはついわらってしまったのだが、よく考えてみると、これはわらえない事態なのではないかと感じたのである。 精神科医の春日武彦は、自著の中でこう述べている*1。「人は秘密を持つことで人間的な豊かさを得られる。清濁合わせ飲む度量が必要なのである」。これはいい視点である。わたしがわらえないと感じるのは、浮気をすることなどではもちろんない。浮気をした自分自身を、心のどこかにこっそりとしまって、なにごともなかったようにふるまうことができないという、だらしなさのようなものだ。春日はこう続ける。「秘密を抱きつづけるには、精神的なエネルギーが必要となる。そのエネルギーが日常を

  • 空中キャンプ - 女性の会話には正解があるらしい

    My first jump! I really really adore you more than anyone follow my Twitter account

    scorelessdraw
    scorelessdraw 2006/02/23
    こういうのかな?>(*´・ω・)(・ω・`*)ネー
  • 空中キャンプ - もっとほめたりほめられたりしたい

    わたしがいつも、おもしろいなあとおもうのは、女性というのは、女性同士、顔をあわせると、とにかくおたがいをほめあってよろこんでいるということだ。あれはなんなんでしょうか。ぜんたい的にあれはなんだ。男にとっては、実によくわからない女性の行動のひとつである。なにかといえば、髪がかわいい、コートがかわいい、がかわいいと、ひたすらおたがいをほめまくり、ひとしきり相手を賞賛しあうと、ああすっきりしたといわんばかりの顔で去っていく。 男には、そもそも相手をほめるという発想がない。そういったコミュニケーションの手段がおもい浮かばないのである。だいたい、おたがいをほめあっている男同士というのも、かなり不可解なものがある。そんなやつはいないだろう。なんか、気持ちわるいよ。考えてもみてほしい。おたがいをほめあう男同士というものを。 「おまえ、今日も髪型がばっちり決まって、男前だなあ」 「そういうおまえだって、

    scorelessdraw
    scorelessdraw 2005/12/17
    ワラタ。確かにそうだ。
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