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ブックマーク / note.com/yubais (2)

  • 海苔(のり)を消化できるのは日本人だけという論文を読んでみた|柞刈湯葉

    昆布、ワカメ、そして海苔といった材は和において不可欠なものだ。古くは柿人麻呂が海苔についての和歌を読んでおり、その利用は先史時代に遡るという。だが海藻をべる文化は西洋人から見ると奇異に映ったようで、民族ジョークにもなっている。 レストランであるフランス人が言った。 「日は物が豊かだと聞いたのに、海藻なんかをべている」 それを聞いた日人が言った。 「フランスは物が豊かだと聞いたのに、カタツムリなんかをべている」 そして二人が言った。 「イギリスは物が豊かだと聞いたのに、イギリス料理なんかをべている」こうしたジョークは世界各地で人気があり、日でも早坂隆『世界の日人ジョーク集』などがベストセラーになったが、最近はこのような笑いに白い目を向けられることも多い。国や民族に対する偏見を助長することはもちろん、グローバル化著しい現代においては、ジョークで語られる民族像が現実に追いつ

    海苔(のり)を消化できるのは日本人だけという論文を読んでみた|柞刈湯葉
    shion214
    shion214 2021/07/23
  • 江戸時代の数学「和算」は何であって何でないのか|柞刈湯葉

    江戸時代の日では、数学が子供から大人まで、殿様から町民まで楽しめる娯楽として親しまれていたという。……と聞くと「なんだなんだ、また江戸しぐさ系の作り話か」というのが平均的な令和人の感覚だろう。 現代社会の検索欄に「数学」と入力しても、予測変換に「娯楽」は出ない。一般的な人生数学と分かちがたいのは「受験」であり、つまり立身出世の道具だ。必要であるが楽しくはないので効率的に消化したい一日分の野菜350グラム、のような扱いになっている。 そういう時代に生きていると「数学が娯楽である社会」なんてものは想像しづらいが、考えてみると「頭を使うエンタメ」は古今東西どの社会に存在する。囲碁将棋はずっと定番コンテンツだし、どのチャンネルでもクイズ番組をやっているし、大抵のバトル漫画は単なる殴り合いではなく頭脳戦要素がある。世間一般の大衆は、不要なことに頭を使うのが好きなのだ。歴史のある時代に数学がその一

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    shion214
    shion214 2021/07/10
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