2013年6月26日のブックマーク (10件)

  • Tourist VR

    susutig
    susutig 2013/06/26
    Natural History Museum in Masaki area of Miho is a nice place for tourist with children.
  • 会員ブログ 記事詳細

    susutig
    susutig 2013/06/26
    野付半島と三保の松原は分岐砂嘴に分類されている。
  • 日本最大の砂嘴(さし)、野付半島 - ブナの中庭で

    砂嘴(さし、sand spit)は岸に沿って流れる沿岸流により運ばれた砂が、波の穏やかな水域で堆積して作られる地形で、嘴 (くちばし) 形をしているのが特徴です。 日ではこの野付半島(北海道標津町~別海町)の他、三保の松原(静岡県静岡市清水区)や住吉浜(大分県杵築市)が有名。 野付半島の付け根の標津から950号線:野付風蓮湖公園線で、約3/4の部分まで車で行くことができます。ではさっそくGO 道の右側(野付湾側)には海生湿地が広がり、独特の景観です。海水のため立ち枯れた木も見られました。 野付半島はラムサール条約登録湿地。半島中央部にはトドワラPAがあり、ネイチャーセンターも設置されています。ここで水鳥の観察もいいですネ 半島の両側はお花畑。ハマナスが満開で、当に美しかったです。 もう一度人工衛星から見た野付半島。自然の作り出した造形、実に面白い形です。 (画像出典:JAXA、許可いた

    日本最大の砂嘴(さし)、野付半島 - ブナの中庭で
    susutig
    susutig 2013/06/26
    三保半島も砂嘴の代表だが、日本最大の砂嘴といえば北海道の野付半島、全長28km。ラムサール条約登録湿地でもある。三保同様、ここも侵食による砂の流出が問題となっている。
  • 東京新聞:三保松原波立つ景観論争 消波ブロック海中移動計画:社会(TOKYO Web)

    susutig
    susutig 2013/06/26
    そもそも現在の安倍川の流れは江戸時代以降のもの。昔は現在の巴川が主流だった。安倍川側だけの対策では抜本的な対策にならない。
  • 太田猛彦『森林飽和』が話題のようなので読書メモを編集なしでさらしあげるっ! - 歴史ニュースウォーカー

    森林飽和―国土の変貌を考える (NHKブックス No.1193)posted with ヨメレバ太田 猛彦 NHK出版 2012-07-26 Amazon楽天ブックス7netブックオフ図書館 昨年出たNHK選書です。太田猛彦さんの『森林飽和』。これは衝撃的に面白かったです。 線ひきまくり、抜き出しまくりだったので、かえって書評にできていませんでした。 まとめるのも面倒なので、恥を忍んで、読書メモをそのまま公開いたします。(若干読みやすくするために私のコメントの部分だけは引用の前にもっていって見出しスタイルにしておきます) 日経BPのインタビューで話題になって、アマゾンでは品切れ中(楽天ではあり)なようなので、中身を少しでも読みたい人はどうぞご覧ください。 ちなみに、恵美嘉樹はこんな風にして読んだから部分部分を抜き出して、それにつっこみとか入れて、ハードディスク(最近はエバーノート)に保存

    太田猛彦『森林飽和』が話題のようなので読書メモを編集なしでさらしあげるっ! - 歴史ニュースウォーカー
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    susutig 2013/06/26
  • 川であそぼう 川のマメ知識

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    susutig 2013/06/26
    巴川がかつての安倍川の河口であったとなると、従来の三保の松原形成説は見直しを迫られる。鳥嘴状三角洲であった可能性も出てくるからだ。
  • http://www.chiriken.jp/sample.html

    susutig
    susutig 2013/06/26
    これは小学校レベルの地理の問題。意外と知らないこともあっていい頭の体操になる。
  • 『海のはくぶつかん』Vol.27 No.6 p.4

    susutig
    susutig 2013/06/26
    三保海岸の成因のかつての説明。この説の問題点は巴川が安倍川の河口であった時期の影響を全く考慮に入れていないことである。現在は三保半島島説もある。
  • 静岡市埋蔵文化財センター③ : 開運 旧東海道 あちこち寄り道・散歩道

    2010年06月01日07:00 カテゴリ博物館・資料館・美術館静岡 静岡市埋蔵文化財センター③ 静岡市埋蔵文化財センターも今回で3回目になりました。 こちらは静岡市内の遺跡分布図です。平成の大合併 で大きくなった静岡市内にはたくさんの遺跡があり ます。国指定史蹟小島陣屋跡なども大変興味がある のですが、今回は巴川流域から出土した丸木舟を取 り上げます。 こちらがその出土した丸木舟です。巴川の護岸工事 の際に発見されました。鎌倉時代に作られたものと 年代測定されています。 長さが3mあり、渡し舟に使われていたと推測され ています。 ただ、ぼくが思うに巴川の上流と下流を行き来する 舟ならわかりますが、現在の巴川の渡し舟というに は3mという長さは長すぎです。浮き橋にしていた わけではないでしょうから。 巴川という川は今は静岡市葵区を水源として駿河区、 清水区を流れて清水港を河口とします。 し

    静岡市埋蔵文化財センター③ : 開運 旧東海道 あちこち寄り道・散歩道
    susutig
    susutig 2013/06/26
    戦国期までは安倍川の河口が現在の清水港あたりだったと考えられる。そうなるとかつて三保は島であり砂州によってつながれた陸繋島であったという説(三保半島島説)が導き出される。
  • 巴川の歴史

    susutig
    susutig 2013/06/26
    巴川はかつては安倍川とつながっていた。安倍川が今のように流れが一本化されるのは新田開発が進んだ江戸期以降。三保の地形の成り立ちはこのことを抜きに語れない。