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日本語に関するsuzaku-sのブックマーク (4)

  • 水村美苗「日本語が亡びるとき」は、すべての日本人がいま読むべき本だと思う。 - My Life Between Silicon Valley and Japan

    とうとう、水村美苗の長編評論「日語が亡びるとき」がになった。 書の冒頭の三章(280枚)が「新潮」9月号に一括掲載されたのを一気に読み感動してから数か月、待ちに待った刊行である。 日語が亡びるとき―英語の世紀の中で 作者: 水村美苗出版社/メーカー: 筑摩書房発売日: 2008/11/05メディア: 単行購入: 169人 クリック: 12,657回この商品を含むブログ (459件) を見るこのは今、すべての日人が読むべきだと思う。「すべての」と言えば言いすぎであれば、知的生産を志す人、あるいは勉学途上の中学生、高校生、大学生、大学院生(専門はいっさい問わない)、これから先言葉で何かを表現したいと考えている人、何にせよ教育に関わる人、子供を持つ親、そんな人たちは絶対に読むべきだと思う。願わくばこのがベストセラーになって、日人にとっての日語と英語について、これから誰かが何

    水村美苗「日本語が亡びるとき」は、すべての日本人がいま読むべき本だと思う。 - My Life Between Silicon Valley and Japan
    suzaku-s
    suzaku-s 2008/11/08
    コメント欄まで含めて。
  • http://massacre.wordpress.ne.jp/2008/03/29/eiiaueoaeaoa/

  • 言葉の異常な誤用: あんたジャージでどこ行くの

    または私は如何にして心配するのを止めて修辞を嫌うようになったか。 今日おどろいた事。 「なんの唐突もなく」という日語表現の存在。 ・なんの唐突もなく - Google 検索 こんなめちゃくちゃな誤用がこんなにも広まっているとは知らなかった。 物知らずが、言葉を知らないくせに「なんか難しそうな言葉」を使ってカッコつけようとするから、こんな事になる。こういう人間だよ、おぼえたての「閑話休題」とか「所謂」とか乱用しちゃうの。 呉智英先生の「スベカラク」の話ではないが、自分の身の丈にあった言葉づかいという物があって、物を知らないのであれば背伸びした言葉を使うべきではない、と思う。 よく、二重否定は表現として難しいと言うが、二重否定だけでなく、否定を盛り込んだ表現というのは難しいのではないか。 ・吝かではない(やぶさかではない) ・止むを得ない(やむをえない) なんていうのがその代表格かも知れない

    suzaku-s
    suzaku-s 2008/03/21
    まっっったくだ。あと「何気に」とかね。“何気”があるんだったら意味が正反対じゃん。
  • 確信犯

    最近文章を書くとき、「確信犯」と書きたくなる時に、「確信犯」の誤用であることを思い出しふと手が止まる。 「確信犯」は、今まで世間が思っていたその意味とは実は違う意味なんだ、普段使う「確信犯」は誤用なんだ、ってのはもう相当広まっていて、ほとんどの人が知っていると思うが、だからこそどう対処すべきか迷う。 今まで「確信犯」は誤用の方の意味で使っていてそれが自然な事だった為、それ以外の言葉に置換しようとしてもなかなか思いつかない。かといって「分かっててやった」とか言うとなんかこう、文章の流れ的にしっくりこねえ、ここはずばっと「確信犯だった」と書いたほうが伝わるんだけどなあ、という時がある。 しかし「確信犯」と書けばおそらく一人くらいは「それは確信犯の当の意味じゃない」とか突っ込んできそうだ。 かといって「確信犯」を使った後、カッコして「誤用なのはわかってるけど敢えて」とかいちいち説明を入れるのも

    確信犯
    suzaku-s
    suzaku-s 2007/12/07
    「御用の確信犯」と表記、もしくは「故意犯」を使えばよい。
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