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ブックマーク / www.aozora.gr.jp (1)

  • 森鴎外 牛鍋

    鍋(なべ)はぐつぐつ煮える。 牛肉の紅(くれない)は男のすばしこい箸(はし)で反(かえ)される。白くなった方が上になる。 斜に薄く切られた、ざくと云う名の葱(ねぎ)は、白い処が段々に黄いろくなって、褐色の汁の中へ沈む。 箸のすばしこい男は、三十前後であろう。晴着らしい印半纏(しるしばんてん)を着ている。傍(そば)に折鞄(おりかばん)が置いてある。 酒を飲んでは肉を反す。肉を反しては酒を飲む。 酒を注いで遣(や)る女がある。 男と同年位であろう。黒繻子(くろじゅす)の半衿(はんえり)の掛かった、縞(しま)の綿入に、余所行(よそゆき)の前掛をしている。 女の目は断えず男の顔に注がれている。永遠に渇しているような目である。 目の渇(かわき)は口の渇を忘れさせる。女は酒を飲まないのである。 箸のすばしこい男は、二三度反した肉の一切れを口に入れた。 丈夫な白い歯で旨(うま)そうに噬(か)んだ。 永遠

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