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ブックマーク / wedge.ismedia.jp (2)

  • “考える”ほどスリリングな遊びはない(後篇)

    哲学問題を、額に汗して考え抜いた師・大森荘蔵を継承して、 “哲学的思考とは何か”を実践的に探求し続ける野矢茂樹氏。 著書『新版 論理トレーニング』は、哲学分野で異例のロングセラー。 気で考えることの快楽を語らせたら、右に出る者はない。 ⇒前篇はこちらから 高井ジロル(以下、●印) 先生は、どうして哲学を続けているのですか? 野矢茂樹教授(以下、「――」) どうして哲学をやるのかと言われたら、考えて議論して少しでも何かわかるその瞬間がものすごくうれしいから、というのが一つ。それから、何かの問題が自分の中で気になって、問題が解決しないとどうにも気持ちが悪いからやる、という感覚もある。 たとえば、意識を持ったロボットは作れるのかという問題。僕はこれに答をもっていません。どんなに精巧複雑なロボットを作っても、そのロボットが物を見ているのか、痛みを感じているのかというのは、どう考えればいいかわから

    “考える”ほどスリリングな遊びはない(後篇)
  • “考える”ほどスリリングな遊びはない(前篇)

    哲学問題を、額に汗して考え抜いた師・大森荘蔵を継承して、 “哲学的思考とは何か”を実践的に探求し続ける野矢茂樹氏。 著書『新版 論理トレーニング』は、哲学分野で異例のロングセラー。 気で考えることの快楽を語らせたら、右に出る者はない。 高井ジロル(以下、●印) 先生は何哲学者なんですか。専門は分析哲学? 言語哲学? 論理学? 野矢茂樹教授(以下、「――」) 哲学というのはそういう質問に答えにくいものです。科学者なら研究しているものを見せればいいんでしょうが、哲学ではなかなかそういうものが見せられないのでね。 だから、肩書きはただの哲学者。専門は哲学。もう少し気分を出すなら、現代哲学か、あるいは分析哲学。言語哲学とか科学哲学ということはない。授業ではやりますが、専門ではない。哲学というのは、いろいろな問題がからみあっているジャングルみたいなもの。何哲学者なのかと聞かれるのは、ジャングルをパ

    “考える”ほどスリリングな遊びはない(前篇)
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