2024年6月22日のブックマーク (2件)

  • ウィーン少年合唱団のコンサートに行った

    1971年東京生まれ。デイリーポータルZウェブマスター。主にインターネットと世田谷区で活動。 編著書は「死ぬかと思った」(アスペクト)など。イカの沖漬けが世界一うまいべものだと思ってる。(動画インタビュー) 前の記事:栗まんじゅうを好きになる日々 > 個人サイト webやぎの目 ねじれの位置かもしれない いまこの電車のなかでこの広告を見ている時間。この時間がウィーンの歌がうまい少年たちと、東アジアに住むウェブメディア編集者がもっとも接近した瞬間かもしれない。この後、ねじれの位置にある2つの直線は永遠に離れて二度と交わらない。 そう考えると切なくなって広告の写真を撮った。 そして5月下旬、僕は風邪で寝込んでいた。熱でだるい頭でウィーン少年合唱団のことを思い出した。あのコンサートはもうすぐじゃないだろうか。 布団の中でスマホで調べると来月だった。その日は午前中に会計事務所と打ち合わせがあった

    ウィーン少年合唱団のコンサートに行った
    tai4oyo
    tai4oyo 2024/06/22
    ウィーン少年合唱団公演会場での特別警戒実施中とDPZ林雄司氏の不意の出会いのように .... (文章後半は、はげます会会員の方に任せます)。 > 記事冒頭写真
  • 福沢諭吉、再登板 新券「終身名誉1万円札」に就任

    7月3日の新紙幣流通開始に合わせて退任する現1万円札の福沢諭吉が、来年度発行予定の新紙幣「終身名誉1万円札」の肖像画として再登板することが21日、わかった。留任を求める声が強かったことが主な理由だという。 紙幣の刷新はおよそ20年ごとに行われるが、1984年に1万円札の肖像画に選ばれた福沢諭吉は前回刷新した04年も続投。約40年間にわたって肖像画を務めた。 財務省は19年4月、24年度上期をめどに発行する新紙幣のデザインを公表。新1万円札の肖像画を、福沢から「日主義の父」と呼ばれる実業家・渋沢栄一に改めた。 だが公表後、デザインや人選について異論が噴出。特に1万円札の「顔」として広く定着した福沢の降板に対しては、1万円札を「諭吉」と呼ぶことに慣れた中高年世代から「うっかり諭吉呼びをすれば令和世代からバカにされる」と、揶揄におびえる声が多く寄せられた。 福沢が創立した慶応義塾大学出身者

    福沢諭吉、再登板 新券「終身名誉1万円札」に就任
    tai4oyo
    tai4oyo 2024/06/22
    名称 = 肩書を読めば解るとおり、お飾りってことでしょう。渋沢栄一新紙幣の実効支配を確実なものとすると共に、 富裕層である(筈の)慶應大学出身者を対象とする、増税だろう。【虚構新聞: これは嘘ニュースです】