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産業史に関するtakeishiのブックマーク (4)

  • 奇妙な講演資料とスケールの大きな話 - 日経エレクトロニクス - Tech-On!

    半年ほど前,早稲田大学の佐藤拓朗教授に,「通信社会の未来を予測して,これからの日の役割はどうあるべきか語って下さい」というような趣旨で,計測展の基調講演(11月8日)の依頼に行きました。通信技術が専門の先生ですが,そのユニークな経歴からきっと面白い話をしてもらえるのではと期待していました。そして計測展が近づいたある日,メールで講演資料が送られてきたのです。 「1998年5月,豊田一郎はアウトバーンを,カールスルーエを経てスイスのジュネーブに向かっていた。天気は雨,時速180キロメートルで・・・」。なんと,送られてきた講演資料は小説だったのです。2015年までの未来を,ヨーロッパを舞台に活躍する通信会社や自動車会社の社員,総務省の役人の目などを通して描いています。いろいろな人に講演を頼んできましたが,こんな人は初めてです。 実は佐藤先生自身,通信機器メーカーに在籍していたころスイスのジュネ

    takeishi
    takeishi 2007/11/22
    これはあとで読まざるを得ない
  • 第1回:世界を席巻するはずだった「日本発W-CDMA」:ITpro

    図1 2006年度の世界市場における携帯電話メーカーのシェア ガートナー調べ。ソニーとエリクソンの合弁企業であるソニー・エリクソンが躍進しているものの,“純”日メーカーのシェアは非常に小さい [画像のクリックで拡大表示] 最近,世界的に見れば日の携帯電話メーカーの凋落(ちょうらく)が著しい(図1)。 携帯電話はユビキタス時代の中核機器である。日メーカーの国際競争力低下は他の国内産業にも大きな影響を及ぼす可能性が高い。総務省もこのまま放置してはいけないと重い腰を上げて議論を始めたが,混沌(こんとん)を極めているのが現状だ。一体,日の携帯端末産業には何があったのか。今回から始める連載で,日メーカーの国際競争力低下の真因を探ってみたい。 その前に,筆者と携帯電話産業との関わりについて,少しだけ説明させていただきたい。筆者は1995年から大学で通信工学の研究を始めた。当時,国内の通信業界

    第1回:世界を席巻するはずだった「日本発W-CDMA」:ITpro
  • カシオの電卓が累計10億台に 記念モデル発売

    後列が「001」、前列左からカシオミニ(1972年)、SL-800(1983年)、fx-7000G(1985年)、EN-100(2006年) 同社は1957年、リレー式の計算機メーカーとして出発。電卓は1965年、世界初のメモリー付きとして1号機「001」を発売したのが最初で、低価格でヒット商品となった「カシオミニ」(1972年)などで「電卓戦争」をシャープらと戦った。1983年発売の「SL-800」は厚さ0.8ミリのカードサイズで業界を驚かせ、同社の高密度実装技術はデジカメ「EXILIM」などにつながるお家芸になった。 10億台を記念し、5000台限定カラーモデルを2月15日に発売する。サイレントタッチキーなどを搭載した「JS-20WK」をベースに、黒を基調にした配色にした。1万3440円(税込み)。

    カシオの電卓が累計10億台に 記念モデル発売
  • http://www.asahi.com/life/update/0109/012.html

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