田中碧、日本代表ロッカー掃除「やってました」権田、谷口も選手自らの参加認める 拡大 サッカー日本代表のMF田中碧が8日、フジテレビ系「ボクらの時代」に出演し、サッカーW杯で話題となった整理整頓されたロッカーについて、掃除を「やってました」と認めた。この日は同じ日本代表だったDF谷口彰悟、GK権田修一とのトーク。1月4日に放送された回に入りきらなかったエピソードが披露された。 使用後の日本代表のロッカーがきれいに整理整頓されていたことも話題となったが、田中は「いつもやってますよね。アジア予選からやってますよね」と平然と語った。権田、谷口も「ずーっと(やってる)」と伝統であることも認めた。 権田は「ブラジルのワールドカップの時は、おれが試合に出てない立場で若かったから、一緒にやってた」と選手自身も清掃に参加していると明言。田中も「初めて(代表として海外に)行った時も、ぼくやってましたもん、掃除
このブログは新型コロナによる緊急事態宣言が出された2020年4月から 5類に移行される2023年5月までのステイホーム期間限定ブログです。 (現在は更新が休止されています) TBSラジオ『アシタノカレッジ』金曜 2022年12月2日放送 オープニングトーク 出演 : 武田砂鉄 TBSラジオの番組『アシタノカレッジ』オープニング・トークで武田砂鉄さんが「サッカーW杯と“スポーツ・ウォッシング”」について話されていました。 武田砂鉄 先週、このオープニングでカタールのワールドカップ開催について、人権問題の観点からいろいろな抗議の声が上がっていると。その中で日本サッカー協会の田嶋会長が 今この段階でサッカー以外のことでいろいろ話題にするのは好ましくないと思う。 差別や人権の問題は当然のごとく協会としていい方向に持っていきたいと思っているが、協会としては今はサッカーに集中するときだと思っている。
Twitter Facebook B!Bookmark 敵陣深い位置で得たスローインの場面で、助走を長く取った選手が力一杯ボールを相手ゴール前へ投げ込む――。“ロングスロー”はサッカーにおけるセットプレーの1つの形として、先日行われたカタール・ワールドカップ(W杯)や各国プロリーグの試合でも見られる光景だが、その頻度は1点を争うゲーム終盤など限定的だ。一方、日本の高校サッカーでは近年、ゴールを奪う確率を高めるための手段としてロングスローがブームになっている。育成年代で多用することの弊害はどこにあるのか。前編では日本の高校サッカーに蔓延する過度な勝利至上主義について、識者が警鐘を鳴らす。(取材・文=加部 究)
サッカーのワールドカップ(W杯)カタール大会で日本代表は強豪国を次々と破り、2大会連続で16強入りを果たした。女子日本代表「なでしこジャパン」の一員として11年前のW杯で頂点に立った安藤梢選手は、海外でプレーする選手が増えたことに加え、海外ではあまり評価されない、ある点がプラスに働いたとみている。 日本代表は「8強の壁」は破れなかったが、世界の強豪国にチャレンジしていく姿に感動した。ドイツやスペインといった強豪国に勝ったことは、今後の日本サッカーのレベルアップにつながる。 1次リーグ初戦でドイツに勝ち、勢いがついた。女子日本代表「なでしこジャパン」は2011年W杯で優勝した際、準々決勝で強豪のドイツを破って勢いがついたが、その時の姿と重なった。 チームが一つになる団結力に日本人らしさが出たと感じた。試合に出ていない選手が、悔しい気持ちを出さずにチームを支える。森保一監督は、そうした一人一人
カタールW杯はアルゼンチンの優勝に終わり、激闘に幕を閉じた。スポーツ報知では、元日本代表MFの中村憲剛氏が、アルゼンチンがPK戦の末にフランスを下した決勝戦に加え、大会を総括。現役引退後初めてとなるW杯を、解説者、さらに指導者目線で見つめた約1か月間を振り返った。(取材・構成=内田知宏、金川誉) 決勝のテレビ解説を終えた19日午前。中村氏の帰宅は、午前4時30分だったという。短い睡眠を挟んでもまだ興奮冷めやらぬ、といった様子で、史上最高の決勝戦を振り返った。 「サッカーって最高ですね。W杯、最高です。一番最後に、今までで一番面白い試合が待っていた」 戦前はフランス有利、とも言われた決勝。しかし前半からアルゼンチンがペースを握り、前半10分にPKでメッシ、さらに同36分にはFWディマリアが決めて2点のリードを奪う展開となった。 「前半、ずっと考えていたことがあったんです。なぜ、ディマリアが左
サッカー フットサル コラム 2022年12月20日 「神の子」を生み出すサッカー文化とは? 後藤健生コラム by 後藤 健生 印刷する カタールで開催されていたワールドカップの決勝戦はともに3回目の優勝を狙うアルゼンチンとフランスの顔合わせとなり、壮絶な点の取り合いの末3対3の引き分けに終わり、PK戦の結果、アルゼンチンの36年ぶりの優勝が決まった。 技術的に非常にレベルが高く、両監督の丁々発止の駆け引きもあって、すばらしい試合だった。アルゼンチンのリオネル・メッシとフランスのキリアン・エンバペという、新旧のスーパースターの競演という意味でも興味深い試合だった。 ともにPKによる得点も含めて、メッシが2点、エンバペが3点。この結果、エンバペは大会得点王に輝いた。
マドリード州ヘタフェでモロッコ人の両親の間に誕生。地元のクラブを経て、8歳だった2006年10月20日にレアル・マドリードの下部組織に入団。以降は順調にステップアップしていき、2016年からレアル・マドリード・カスティージャでプレー、そのプレースタイルから「未来のカルバハル」と紹介されている[1]。2016年夏のトップチームのプレシーズン遠征に召集され、7月27日、インターナショナル・チャンピオンズ・カップ 2016のパリ・サンジェルマン戦の後半から途中出場、トップチームデビューを果たした。2016-17シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ決勝トーナメントの予備メンバーに登録された。負傷者が続出した背景もあり、2017年1月のコパ・デル・レイ準々決勝のセルタ・デ・ビーゴ戦にも招集された。 2017-18シーズン、ダニーロの移籍に伴いトップチームに昇格。ダニエル・カルバハルの離脱を受け、2
大会拠点ホテル「ラディソン・ブル・ホテル・ドーハ」スタッフが語った日本の印象 日本代表がカタール・ワールドカップ(W杯)のベスト16で敗れたクロアチア代表戦(12月6日)から1週間余りが過ぎたなか、あるホテルを訪ねた。エントランスを潜ると、日本人だと気付いたスタッフの1人が「オハヨウゴザイマス」と声をかけてくれた。その語感から、日本に対して好感を持ってくれていることが伝わってくる。 このホテルの名前は「ラディソン・ブル・ホテル・ドーハ」。日本代表がカタールW杯の拠点としていたホテルだ。ここに日本代表が残したモノがないか探しに来た。最初に声をかけてくれたのは、このホテルのセキュリティー担当のスタッフだった。日本代表との思い出を聞きたいと話すと、どこか懐かしみながらこう語ってくれた。 「本当に素晴らしい体験だった。大会にも大きな影響を与えていった。でも、それ以上に良い人たちで、振る舞いがとても
1999年に選手時代の最後を過ごしたドラギニャンでそのまま監督に就任し、2001年まで務めた。 2002年から2003年にかけてはクロード・ル・ロワ監督の下上海中遠匯麗でヘッドコーチを務めた[3]。 2004年にケンブリッジ・ユナイテッドFCの監督に就任[4][5][6]。 同年、ナムディンFCの監督に就任したが、数ヶ月で退任した[7]。 2005年にASシェルブール・フォトボルの監督に就任し、2007年に退任した[8]。 2007年夏から2008年夏にかけては、再びクロード・ル・ロワ監督の下、ガーナ代表のアシスタントコーチを務めた[9]。 2008年5月にザンビア代表の監督に就任[10]。アフリカネイションズカップ2010では準々決勝進出の結果を残した。2010年4月に2ヶ月の契約を残して退任した[11]。その2日後にアンゴラ代表監督に就任[12]。しかし同年10月に退任した[13]。
ベルギー、クロアチア、カナダと同居した困難なグループを2勝1分の首位で突破したモロッコが、ラウンド16で強豪スペインを延長、PK戦の末に倒すと、準々決勝でも難敵ポルトガルを1-0で撃破して準決勝へ進出。アフリカ勢、アラブ諸国(母国語としてアラビア語を使用する人々が多く住む中東、西アジア、アフリカの国)として初、イスラム教国(国民の多くがイスラム教を信仰する国)としては2002年大会のトルコに次ぐ2度目の快挙を達成した。 6度目の出場で、世界ランキングは22位。ベスト16に到達したのは1986年以来36年ぶり2度目で、人口約3700万人は日本の30%程度。日本は7度目の出場にして初の2大会連続となる4度目のベスト16入りを成し遂げたが、その日本でも長い間、夢見ていながら辿り着けないでいる場所に先着して“新しい景色”を眺めたばかりか、さらにその先まで到達したとあって、国中が大騒ぎになっている。
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く