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2016年11月10日のブックマーク (3件)

  • ランディ・バースが明かす、日本で戦った最高の投手とは?(鷲田康)

    阪神タイガースが球団史上初めて日一の栄冠を手にした1985年。それから30年を経た今も、あのシーズンを改めて振り返ったノンフィクションは、意外なことに存在しなかった。球団創設80周年を迎えた今年、吉田義男監督、主力選手からウグイス嬢にまで取材した『1985 猛虎がひとつになった年』(鷲田康・著)が9月17日に発売される。出版を記念して、には盛り込めなかった話をウェブの短期集中連載でご紹介しよう。第1回目は、あのランディ・バースのインタビュー<前編>だ。 ランディ・バース、掛布雅之、岡田彰布に代打・川藤幸三……。いまテレビで流れるNTTドコモのCMではないが、阪神球団史上ただ1度の日一に輝いた1985年のシーズンを象徴するのは、史上最強とも言われたこのクリーンアップトリオだった。 その核となったのが最強の助っ人、ランディ・バース。不動の3番打者として、この年54塁打、打率3割5分、1

    ランディ・バースが明かす、日本で戦った最高の投手とは?(鷲田康)
    taueda
    taueda 2016/11/10
  • これでいいのか辻本賢人!! 阪神をクビになった20歳は草食系。(田口元義)

    結局、30分以上は待っただろうか。 11月25日のこと。場所は神宮球場内の関係者通路。大勢の報道陣が彼を待ち続けていた。なかには他の参加選手の結果を気にしている記者もいたし、暇をもてあまして携帯電話をいじっているカメラマンもいた。 今季最後となる第二次合同トライアウトで投球を終えた彼は、選手控え室に入ったきり出てこない。 15分くらいたった頃、扉越しから声が聞こえてきた。すべては聞き取れなかったが、断片で判断すれば、多分、こんな内容。 「(取材は)メシ、べてから」 20歳の若者は、自分よりもはるかに年上の人間たちをやきもきさせていた。悪気はないのだろうが、やっぱりよくないと思った。なにせ、置かれている立場が以前とは明らかに違う。彼は「クビになった人」なのだ。「メシなんていつでもえるんだから、早く出てきてくれよぉ」。これが、その場にいた大人たちの共通認識だったはずだ。 実力が認められれば

    これでいいのか辻本賢人!! 阪神をクビになった20歳は草食系。(田口元義)
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    taueda 2016/11/10
  • 最年少15歳で阪神に指名と、その後。辻本賢人、再挑戦の日々に悔いなし。 (Number Web) - Yahoo!ニュース

    久しぶりに彼と会ったのは夏の盛りだった。兵庫・芦屋の焼き鳥屋で知人と飲んでいると、不意に姿を見せた。あどけない表情は消え、あごひげを蓄え、ハンチング帽がすごく似合う。貫禄すら漂い、すっかり大人の男に変わっていた。 「あの後、どうしていたんだ?  柔らかい関西弁は相変わらずだった。懐かしさもあって、つい聞き込んでしまう。無理はない。彼と長々と話したのは、もう7年前なのだ。日付も克明に覚えている。'09年10月1日。広島カープを取材していた昼すぎ、携帯電話が鳴った。 「お世話になりました。俺、トライアウトを受けます。まだまだ頑張ります」 そうか、ダメだったのか……。辻賢人が阪神にドラフト8巡目で指名されたのは'04年秋だった。無名どころか、中学3年の学年にあたり、ドラフト史上最年少の15歳で指名されると世間は驚き、一躍、脚光を浴びた。在籍5年間の奮闘実らず、タイガースを戦力外になった

    最年少15歳で阪神に指名と、その後。辻本賢人、再挑戦の日々に悔いなし。 (Number Web) - Yahoo!ニュース
    taueda
    taueda 2016/11/10
    夏カシス。期待してたのに。。