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仕事とジャーナリズムに関するtazanのブックマーク (6)

  • blog - なぜフリージャーナリストは震災後に劣化したのか?

    2000年代半ばごろまでは、ノンフィクションの書き手が仕事を覚え、ステップを上がっていくという仕組みが雑誌業界の中にあった。正社員として新聞社やテレビ局、大手出版社などに在籍していなくても、20代の右も左もわからないフリーランスであってもプロのライターとして独りだちしていくスキームがあったのだ。 典型的なパターンとしては、週刊誌の契約記者から論壇誌での単独記事執筆へという流れがある。この週刊誌の契約記者というのは、ジャーナリズム志望者の入り口としては恰好の職場で、仕事はきつくて汚いものの、取材仕事を覚えられるし、そこそこの収入も確保できた。たとえば大手総合週刊誌の契約記者なら、仕事を選ばなければ月額30〜40万円ぐらい稼ぐことは十分に可能だった。 大手出版社の場合、社員編集者はたいていは3つの分野に分かれている。「文芸」「報道」「マンガ」だ。文芸は小説。報道は週刊誌や論壇誌、それに新書とノ

    blog - なぜフリージャーナリストは震災後に劣化したのか?
  • asahi.com(朝日新聞社):「また書きたい」 休刊紙の元記者らのネットワーク - 社会

    河村たかし・名古屋市長の定例会見を取材する沢村慎太郎さん(左)=名古屋市役所、兼田写す  経営難で休刊に追い込まれた地方新聞の元記者らが、一度は失った「書く場」を求めて名古屋市でネットワークを立ち上げた。その名も「新聞記者ネット名古屋」。メンバーの仕事の掘り起こしとともに、地域に根ざした情報発信を通じて新しい地域ジャーナリズムの担い手を目指す。  28年余りの記者生活の終わりは突然だった。  長坂英生さん(52)は、「名(めい)タイ」の愛称で親しまれた夕刊紙「名古屋タイムズ」の元社会部デスク。同紙は2008年10月に広告収入の落ち込みなどが原因で休刊した。「想像もしていなかった」と思い返す。  休刊が決まって再就職先を探す中、マスコミ志望の学生が学ぶ専門学校に、講師の口を問い合わせた。電話を取ったのが沢村慎太郎さん(42)だ。ブロック経済紙の記者などを経て、05年に滋賀県で創刊した日刊紙「

    tazan
    tazan 2010/07/19
    記者とかライターのネットワークは昔から色々あるわけで。
  • クリエイティブ業界が崩壊した後で生き残るのは誰か?

    雑誌が次々と廃刊している。何十年も続いた権威ある雑誌がやめたと思えば漫画雑誌もなくなる。文芸書は目も当てられない。有名作家でも初版5000部で重版なし、なんてこともある。今は売れている漫画だって今後がどうなるかはわからない。出版は下降の一途だ。 音楽だってそうだ。CDが売れなくなり、以前は10万枚売れてやっとトップ10入りだったが、今や1、2万枚売れれば上位に入る。 ライターのい扶持は減った。夏フェスに参加した有名なバンドが未だにバイト生活だとも聞く。クリエイターには辛い時代になってしまった。 これまでクリエイターを目指すのは向こう見ずな若者だった。なれるかどうかわからない職業にかけ、切磋琢磨し、夢を実現し大金を得る。大金を得なくてもプロになってしまえば生活はできた。今はどうだろうか? 夢にかけて身を投げ打っても大金はまず返ってこない。なれたとしても生活を安定させることができるかすらわか

    クリエイティブ業界が崩壊した後で生き残るのは誰か?
  • 僕が取材をしなかった理由 - 【B面】犬にかぶらせろ!

    小飼弾氏には、これまで自著をブログで取り上げてもらっていて、 http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50741767.html http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51003082.html そのたび、 資料をまとめただけじゃない? 書には、取材はない。 いわゆる現場の一次資料 と、指摘され続けてきたのだけど、『ケータイ小説的。――“再ヤンキー化”時代の少女たち』に至っては、ついに取材がほぼゼロになった。 郊外書店やショッピングモールを巡ったが、あれは取材と言うよりも日常生活や趣味の領域だ。 弾氏の書評に反発したわけではないのだが、途中で完全に取材を辞めた。 理由は3つ。 すでに取材主体で書かれたケータイ小説論が出ていたから ケータイ小説作家がほぼ取材に応じないから 取材からわかることが少ないこ

    僕が取材をしなかった理由 - 【B面】犬にかぶらせろ!
    tazan
    tazan 2008/07/16
    取材をしない、と言う手法もある。
  • “マス”という呪縛 - Chikirinの日記

    最近ちきりんにとって、“おもしろいじゃん”“これは読む価値あるかも”と思える、まあいえば“一番質が高いと思える雑誌”は、市販品ではない会員誌だ。ちきりんのとこには毎月3冊、うち2つはクレジットカードのゴールド会員向けの雑誌、もうひとつはマイレージ会員向けの雑誌が送られてくる。この3種の雑誌が、正直いって街で売られているどの雑誌よりもおもしろい。扱う内容の多様さ、深さ、等々。比べものにならない。 これらの雑誌がユニークな点がもうひとつある。それは執筆陣だ。これらの雑誌の大半の執筆者はいわゆる物書きではない。文筆業ではない人が書いている雑誌なのだ。多くのページが科学者、役者、スポーツ選手、宗教家、企業家、起業家、芸術家、学者、活動家、その他その他。小説家が書く場合も小説以外のものを書く、という意味で、いわゆる「書くことがプロ」の人の作品ではないページが多くを占めている。 つまり、これらの雑誌で

    “マス”という呪縛 - Chikirinの日記
    tazan
    tazan 2008/07/01
    もしかするとフリーランス・ジャーナリズムは私が幕を下ろすのかもしれない。
  • みずもり亭Blog @ journalism.jp

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