災害に備えた非常食のバリエーションは年々豊かになり、味や好みでさまざまな商品を選べる時代になっている。だが、昭和のころは非常食といえば専ら乾パンで、そのことに疑問を挟む余地などなかったように思う。平成のはじめ、その市場に風穴を開けたのが「パンの缶詰」だ。 パンの缶詰は、1995年の阪神・淡路大震災をきっかけに誕生した。開発したのは、ごく普通の町のパン屋だったパン・アキモトの社長、秋元義彦さんである。 あの震災が起きたとき、栃木県那須塩原市のパン・アキモトでは2000個のパンを焼いてトラックに乗せ、神戸へと送り出した。無事に到着したものの、混乱の続く避難所で半分以上が捨てられてしまうという苦い経験をした。保存料などを一切使わない安心安全なパンだからこそ、劣化は早かった。秋元さんは言う。 「被災した人に食べてもらうために作り、さまざまな人の力を借りて神戸まで届けたので、捨てられたことには悔しさ