彼はなんということもなく、友だちがシェアした写真を観ていた。それはすでに彼の習慣のなかに組みこまれていた。みんな撮るし、みんなアップする。彼は仕事の合間に、妻と小さい息子との食卓が一段落したあとに、通勤の無聊に、それを閲覧した。それらはすぐれた写真ではなかった。あたりまえの視点をただそのままごろりと投げ出したものが大半だった。友だちはカメラを好きで、でもあるときからほとんど意図的にそういう撮りかたをするようになり、彼はそれを好ましく思っていた。 そのようなものをこそ彼は好んでいた。すぐれた写真はすでに大量の商品として出回っているのだし、商品なんか金を出せばいくらでも買える。彼はそれに飽いており、けれどもだからカメラには飽きたんだよと言うことはどうしてかいやだった。そうして技巧から離れた無造作な写真を大量に閲覧する習慣を身につけた。それがなにかの惰性もしくは欺瞞であってもかまわないと彼は思っ
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