ザ・ビートルズのジョージ・ハリスンが1966年にアメリカのラジオDJのポール・ドリューに宛てて書いた手紙が公開され、ビートルズが数多くのR&Bやソウルの名レコーディングを生み出したスタックス・レーベルのスタジオでレコーディングすることを企画していたことが明らかになっている。 これまでスタックスでのレコーディングについては元スタッフらからビートルズによるブッキングがあったという証言が行われており、結局、取りやめになった原因については「セキュリティーの問題」とされていたが、ジョージは今回の手紙の中で金銭面でのこじれのせいで話が流れたということを明らかにしている。 ポール・ドリューはアトランタで活動し、大きな影響力を誇ったDJで、ビートルズの1964年と65年の世界ツアーに同行し、インタヴューも頻繁に行い、その後のビートルズの解散の後にも各メンバーとのインタヴューを行っては放送するなど、ビートル