ブックマーク / hyoshiok.hatenablog.com (3)

  • そろそろUnicodeについて一言いっておくか - 未来のいつか/hyoshiokの日記

    文字コードの標準化について日記を書いたのだが、内容がいまいちだったのでボツにして気を取り直してUnicodeについて一言いっておくことにする。先日、といっても昨年(2008年)の10月なんだけど、その中でちょと文字コードの標準化について話をしている。*1 もう1つ自分の経験としてあるのが、漢字の文字コードがあるんですけど、番号で言うとJIS X 0208とか0212とか規格の番号で皆言うわけなんですけど、実は1988年にその日語の文字コードの改正の委員会にいたんですね。 その当時、私は 30歳ぐらいなんですけど、「富士通」とか「日立」とか「NEC」の部長さんぐらいの偉い人たちが来てて、私なんか外資系で且つ30前後のぺーぺーだから、全然格下なんですよ。 そういうところで議論の主軸を担ってるのは、「富士通」「日立」「NEC」「日IBM」「東芝」「沖」、外資でいえば「ユニシス」とかの錚々たる

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  • 大漢和辞典の思い出 2008-10-08 - 未来のいつか/hyoshiokの日記

    補助漢字の思い出(d:id:hyoshiok:20060518#p1)で記したように今から20年前、わたしは補助漢字として知られる、JISX0212:1990の選定委員の一人だった。1988年にそれに参加して、その時、30歳になったばかしのペーペーのエンジニアである。当時の委員は、国産メインフレーマ、プリンターベンダ、印刷会社、新聞社、学識経験者などで委員の肩書も大手企業の部長とかがほとんどで、わたしのようなペーペーはほとんどいなかった。 世の中、メインフレーム全盛で垂直統合ベンダーが我が世の春を謳歌していた。マイクロソフトやアップルなどは、その委員会に呼ばれもしなかった。そういう時代である。 DECという米国企業の日の研究開発センターにいたわたしがなぜその委員の末席をけがすことになったかというと、国際標準機構(ISO)の文字コードのワーキンググループ(SC2/WG2という)のedito

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  • 猿でもわかるOSS / 2008-05-14 - 未来のいつか/hyoshiokの日記

    10年間OSSになんらかの形でかかわってきて、自分なりにOSSというものの質を理解したつもりだったが、ふと考えてみると当に自分はその質を理解していたのだろうか、その質に少しでも近づいたのだろうか不安になる。 どうみてもインターネットやOSSというのが地球規模で大変な影響力を持っているのは明らかだと思うのだが、梅田望夫のがあれだけ売れているところをみるとそのように理解している人は実はそれほど多くないと思ったりもする。 梅田はもう自分より年上とは会わないと公言する。自分の貴重な人生を頭の固い年上の人間に浪費されたくないというのもわからなくもない。 しかし、このまま日が朽ち果てていくというのは、うれしくない。日という地域に住んでいるものとしてせめて自分のまわりがもっと生き生きとした幸せな地域になってほしいとも思う。自分が幸せになることを考え、家族が幸せになることを考え、自分の勤めて

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    tomerun
    tomerun 2008/05/19
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