ライターの仕事をはじめて間もないころ、いかにして「わたし」を消すか、に苦心していたおぼえがある。たとえばお店の紹介記事を書くとき、新製品の紹介記事を書くとき、まだ無記名の原稿ばかりだったこともあり、ひたすら「わたし」を消すことを心掛けていた。 それはいつしか「誰もわたしの話など聞きたくないのだ」という自己認識につながり、ものを書くときのみならず、人と会うときにも「わたし」を消すような立ち居振る舞いが身についていった。自分の顔と名前を出して、メディアで活動する同世代の人たちを横目に見ながら、自分はあそこにはいかないだろうなあ、これといって主張したいこともないもんなあ、と思っていた。 そんな思いに少しずつ変化が出てきたのは、本の原稿を書くようになってからのことだ。10万字にもおよぶ原稿を書こうとしたらどうしたって「わたし」が出る。誰かに取材し、その声を、その人の言葉でまとめていった原稿だとはい