ブックマーク / www.city.nagaoka.niigata.jp (6)

  • 長岡空襲関連史跡について

    長岡空襲関連史跡(※冬期間は積雪のため近付けない場所があります。) ①模擬原子爆弾投下地点跡地の碑(左近町、永代橋付近) ②柿川戦災殉難地の碑(柳原町、柳原公園) ③戦災殉難者慰霊塔(表町1、平潟公園) ④平和像(町3、平和の森公園) ⑤長岡空襲爆撃中心点の碑(坂之上町3、明治公園) ⑥戦災殉難者之墓(四郎丸4、昌福寺) 1945(昭和20)年7月20日午前8時13分。左近町(当時は上組村大字左近)の畑に1発の爆弾が投下されました。 4人の人々が一瞬にして生命を失い、5人のけが人が出るとともに、全壊2戸のほか、残り29戸のすべての家が大きな損傷を受けました。 そのとき投下された爆弾は、1945(昭和20)年8月9日に長崎に落とされた原子爆弾と同型(パンプキン型)、同重量(約5トン)の、いわゆる模擬原子爆弾であったことがわかりました。番前の投下訓練として長岡が選ばれ、津上(つがみ)製作所

    tone-unga
    tone-unga 2018/07/31
  • 長岡戦災資料館

    長岡のまちが空襲を受けてから、79年目を迎えました。 燃え上がる炎の中を逃げ惑い、血のにじむ思いで戦後を生き抜いてきた空襲体験者は高齢化し、いまや市民の多くが戦後生まれの世代となりました。 いま、豊かさと活気にあふれた長岡のまちで、私たちは平和をあたりまえのこととして暮らしています。しかし、世界にはいまだに戦禍に苦しむ人々が絶えません。こうしたことをよその国のことと考えずに、地球市民として平和を願いながら、関心を寄せていくことが、今を生きる私たちに求められています。 平成15年7月、長岡空襲の惨禍を記録・保存し、伝えていくため、長岡戦災資料館を開設しました。 ここは、長岡空襲を語り継いでいくための市民活動の場です。長岡空襲を体験された市民と、戦争を知らずに育った戦後世代の市民とが、それぞれに力を出し合い、平和のために一緒になって活動し、次の世代に平和の尊さを伝えていきます。

    tone-unga
    tone-unga 2018/02/21
  • 中越大震災から12年 復興祈念イベントを開催

  • 長岡市恒久平和の日

    長岡市は、昭和20年8月1日の長岡空襲から70年のときを迎えた。 私たち長岡市民は、長岡空襲により犠牲になられた方々を悼み、悲惨な戦争の記憶を風化させることなく、平和の尊さを後世に語り継ぎ、広く世界に向けて発信していかなければならない。 よって、長岡市恒久平和の日を定め、恒久平和の実現に取り組んでいくものとする。 (恒久平和の日) 第1条 長岡市恒久平和の日は、8月1日とする。 (恒久平和のための事業) 第2条 市及び市民は、平和意識の高揚を図るための事業を実施する。 附 則 この条例は、平成27年8月1日から施行する。

  • 寺泊港まつり 海上大花火大会

    JR長岡駅大手口バス停12番線またはJR寺泊駅バス停より、坂井町行きに乗車「上田町」下車 徒歩2分 東京方面 北陸自動車道長岡北スマートICより車で約35分、中之島見附ICより車で約30分 富山長野方面 北陸自動車道西山ICより車で約30分 新潟方面 北陸自動車道三条燕ICより車で約30分

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    tone-unga 2015/07/31
  • 川口まつり

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