2016年10月26日のブックマーク (7件)

  • 男女平等ランキング、日本は過去最低111位 - 日本経済新聞

    【ジュネーブ=原克彦】世界各国の男女平等の度合いを指数化した世界経済フォーラム(WEF)の2016年版「ジェンダー・ギャップ指数」で、日の順位は調査対象144カ国のうち111位だった。前年より10下がり、過去最低の水準になった。「男女の所得格差」で順位が大幅に下がった影響が大きく、配偶者控除見直しを含む税制論議にも一石を投じそうだ。同指数は女性の地位を経済、教育政治、健康の4分野で分析する

    男女平等ランキング、日本は過去最低111位 - 日本経済新聞
  • 『マリオ64』で新たな「誰も取れないコイン」が発見される。コイン出現パターンの研究から存在が判明 - AUTOMATON

    任天堂から1995年に発売された『スーパーマリオ64』(以下、マリオ64)にて、新たに取得不可能なコインが存在していたことが明らかになった。『マリオ64』では、2014年にコース13の「ちびでかアイランド」の山頂近くにある取得不可能とされていたコインが回収されたことが記憶に新しい。取得に成功したpannenkoek2012氏は当時、マリオを操作し山の傾斜の部分にヘッドスライディングで飛び込み、山の内部に存在する“水”へと侵入するといった手順で見事謎のコインを回収した。発売から20年が経過し、これでコインに関する謎はコース10「スノーマンズ」の山小屋のコイン(通称、misplaced coin)を含みすべて解かれたかと見えた。しかしその2年後、また新たな入手不可能なコインの存在が判明した。新しいコインの存在を発見したのは、前回コインを回収したのと同じpannenkoek2012氏。興味深いの

    『マリオ64』で新たな「誰も取れないコイン」が発見される。コイン出現パターンの研究から存在が判明 - AUTOMATON
  • 2014/02/19

    西洋古典学会の公式ホームページです。学会や学会誌の情報を始め、西洋古典学に関する様々な情報を掲載しています。 Q&Aコーナー 質問 以前から疑問に思っていたことがあるので、質問させていただきます。よろしくお願いいたします。 イソップ寓話の中にバラとアマランス(the rose and the amaranth)という話がありますが、このアマランスに該当する具体的な植物種は存在する(した)のでしょうか。ミルトンの失楽園(平井正穂訳)にもアマラントとして登場しますが、巻末の注訳をみると、『「不凋花(アマラント)」は、ギリシャ人が不死の象徴と考えた伝説的な花』とあります。 現在、amaranthというと、Amaranthus属植物をさす場合が多いと思いますが、A. tricolorもしくは、属が違いますが、近縁のCelosia algentiaあたりが、イメージに近いのでしょうか。しかし、こ

    tugui0221
    tugui0221 2016/10/26
    アマラント(伝承)とアマラントゥス(不凋花)
  • 『GUNSLINGER GIRL』 相田裕著 静謐なる残酷から希望への物語(2)〜非日常から日常へ・次世代の物語である『バーサスアンダースロー』へ - 物語三昧~できればより深く物語を楽しむために

    『GUNSLINGER GIRL』 相田裕著 静謐なる残酷から希望への物語 1 http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20130103/p1 ↑ 上記の続きです。 さて、前回の1で設定した命題は、袋小路の物語類型であるスタート地点を考えると、『ガンスリンガーガール』というのは道具となりきる追い詰められた人間の逃げ道のなさの残酷さを愛でる?悲しむ?話になってしまい、物語が広がってオチに収束しない構造をしている、ということでした。それはつまり、ではどうやってこの物語を終わらせることができるのか?という出口を探すという「文脈読み」になると思います。作者の相田裕さんは、10年をかけてこの構造をどう料理したのでしょうか?。それを見てみたいと思います。 ■イタリアの南北問題とメガリージョンに起きる社会不安を〜欧州の地域主義と極右の台頭は人類の未来のモデルケース イ

    『GUNSLINGER GIRL』 相田裕著 静謐なる残酷から希望への物語(2)〜非日常から日常へ・次世代の物語である『バーサスアンダースロー』へ - 物語三昧~できればより深く物語を楽しむために
  • 対幻想 - Wikipedia

    対幻想(ついげんそう)とは、日の思想家・吉隆明の造語であり、共同幻想、自己幻想と並び、人間の幻想領域を構成する1カテゴリーである。 定義[編集] 対幻想のもっとも根的な定義は、「男女の肉体的、動物的な生殖行為や子育てから疎外された幻想」と言う意味である。ちなみにここで言う疎外とは、そこから派生するがそこには還元されないと言う意味である。吉はほかに、対幻想の定義として以下のものをあげている。 家族の質 吉は、対幻想は家族の質であると述べている。単純な血のつながりだけではなく、対幻想が存在するから家族や家庭は成立するのである。吉は、人間はもともと社会的存在ではないが、不可避的に社会を作り出してしまった。もし許されるのなら、人間は家族を連れて、どこかなんのしがらみのない世界まで逃げ出したいと思うだろうと指摘している。吉は、対幻想領域としての家族は、冷酷で抑圧的な共同幻想から薄弱

  • 吉本隆明さんの「対幻想」だけは、私には理解できないのです。 - ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね)

  • ちんちんを読んだ - 幸村の雪待日和

    インテリぶる推理少女とハメたいせんせい In terrible silly show, Jawed at hermitlike SENSEI (HJ文庫) 作者: 米倉あきら,和遥キナ出版社/メーカー: ホビージャパン発売日: 2013/02/28メディア: 文庫購入: 41人 クリック: 2,730回この商品を含むブログ (13件) を見る 某所にざっくりと吐き出して終わりにしようかとも思ったのだが、はてなでなるほどなあという感想を読んだのと、別の某氏になんか書けと言われたりしたのでこちらでも自分なりにまとめてみようかと思う。 「悲劇とは事件が起きることではない。何も起きないことこそが、悲劇なのだ」 ――と西尾維新は書いたけれど、これはミステリというカテゴリの小説に関しては全く正しい指摘ではある。事件が無ければそもそもミステリも存在しないのだから。 以下は読了後最初にあげた感想である。

    ちんちんを読んだ - 幸村の雪待日和