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2021年5月4日のブックマーク (4件)

  • 東京五輪を開催すべき論理的な理由、「聖火リレー中止」に走る自治体の無責任

    1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。 上久保誠人のクリティカル・アナリティクス 国際関係、国内政治で起きているさまざまな出来事を、通説に捉われず批判的思考を持ち、人間の合理的行動や、その背景の歴史文化、構造、慣習などさまざまな枠組を使い分析する。 バックナンバー一覧 新型コロナウイルスが第4波となって猛威を振るっている。オリンピック・パラリンピック(以下、五輪)の開催都市・東京にも3度目の緊急事態宣言が発令され、五輪の開催の是非があらためて問われている。五輪開催への反対論は高まる一方だが、感情的な主張が広がり過ぎている印象だ。開催の是非の議論は、感情的にならず、論理的に開催の問題点を整理して考えることが重要

    東京五輪を開催すべき論理的な理由、「聖火リレー中止」に走る自治体の無責任
    type-100
    type-100 2021/05/04
    俺は五輪についてはやりたい人もいるだろうしリスクを甘受してやる選択肢もあると思っているが、自治体が聖火リレーに協力しなければならないというのは全く理解できない。
  • 漫画版ナウシカで「昔のウマは4本足だった」と言われると

    乗用にする動物を替えたという話なのに 4足の馬が品種改良されて、2足の鳥のウマになったように感じる なんど読んでも、そう受け取ってしまう なんだろー?

    漫画版ナウシカで「昔のウマは4本足だった」と言われると
    type-100
    type-100 2021/05/04
    文脈依存で、そのセリフからはどちらとも解釈できると思うが。
  • ニセ科学雑考|Rapple

    「ニセ科学」というフレーズが気に入らない。このことは数年前からツイッターで何度か述べてきた。 この問題について、とあるフォロワーの方と議論をすることができたので、自分の考えを整理しておきたいと思う。 私が「ニセ科学」というフレーズに感じる問題は、大きく分けて2つある。 ざっくりいうと、ニセ科学の「科学」部分と、「ニセ」部分である。(全部じゃん) 「科学」部分について ー「科学」で分ける合理性はないー 世の中に数多存在するトンデモを分類するにあたって、ニセ「科学」として、科学を特別に括ることに、実益はない。 例えば、被害の性質で分類することには合理性がある。それが健康被害(代替医療)なのか、金銭的被害(悪徳商法)なのかによって、その被害に対して対応しなければならない緊急性や、対応の必要性は大きく変わってくる。プロ野球選手がマイナスイオンを発生させるネックレスを付けていたとしてもせいぜい数万円

    ニセ科学雑考|Rapple
    type-100
    type-100 2021/05/04
    「科学」という問題領域設定に合理性がない、というのは俺も思うなあ。「ニセ科学」ではなく詐欺や倫理の問題として扱うべきだと思うようになった。科学としてニセかどうかは副次的な問題。
  • 「弱者男性」でありたがることのなにが問題か - 道徳的動物日記

    gendai.ismedia.jp ↑ 「弱者男性論」に関するわたしの記事が講談社現代ビジネスに掲載されてからちょうど一ヶ月になるが、この記事をきっかけに「弱者男性論」が盛り上がったようで、SNSや個人ブログに匿名ダイアリーなどで、弱者男性について書かれた文章がいくつも登場することになった。 そのなかでも特に重要なのは、文春オンラインに掲載された杉田俊介さんの記事だろう。 bunshun.jp また、はてなブックマークでは以下のツイートに数百以上のブクマが付いている。 これはわたしの話ですけれども「モテないオトコの欲求不満の解消」に必要だったのは「オンナの再分配(!)」なんぞではなく長年にわたるセルフネグレクトを自覚し解消することでした。冷蔵庫を重曹で磨くと綺麗になってうれしいとか、自炊すると美味しいとか、そこに救いがありました。 — はまりー (@travis02130213) Apri

    「弱者男性」でありたがることのなにが問題か - 道徳的動物日記
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    type-100 2021/05/04
    ごもっとも