北野坂は、小粋な店が軒を並べる神戸の繁華街だ。坂道を上って高台に出れば、情緒豊かな異人館街が広がり、明治から昭和初期の洋風建築を今に伝える。平尾誠二と初めて一緒に食事した夜の待ち合わせ場所は、そんな坂の途中だった。沢松奈生子は、ウキウキしていた。 《写真特集》ラグビーワールドカップ2019 いよいよ開催へ 「さすが平尾さん、待ち合わせ場所からして格好いいんだからぁ」 1998年秋に25歳でプロテニス選手を引退してから、間もない頃だ。10代から年間200日以上も海外を転戦する多忙な日々を送ってきたうえ、実家は門限10時と厳しく、酒をほとんど飲めない体質でもある。夜の街を楽しむような経験がほとんどないまま、テニス一直線で成長してきた。10歳上の平尾の導きで「大人への階段を上る」くらいの気分で、沢松は北野坂を歩いた。 平尾のほかにテニスコーチら2~3人が一緒という顔ぶれで、沢松が紅一点だった。1