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ブックマーク / kidnapping.jp (76)

  • 全国拉致監禁・強制改宗被害者の会 統一教会信者への人権侵害の実態

    2024/03/18 3/12 浜田聡参議院議員が参議院総務委員会にて拉致監禁問題を質問 詳細 ► 2024/03/18 3/15 浜田聡参議院議員による質問主意書に対する岸田内閣の回答・・ほぼ無回答 詳細 ► 2024/02/03 鈴木エイト氏に対する名誉毀損訴訟・第一回口頭弁論 報告会動画公開! 詳細 ► 2024/02/01 『公正な報道と記事の訂正を求める要望書』を中山達樹弁護士が弁護士ドットコムに送付 詳細 ► 2023/12/22 ビラ作成しました「刑務所よりも過酷な拉致監禁現場」 詳細 ► 2023/11/09 11/3 新潟シンポジウム『家庭連合信者に人権はないのか』YouTube配信のお知らせ 詳細 ► 2023/11/01 当会代表 後藤徹の手記が月刊『正論』2023年12月号に掲載されました! 詳細 ► 2023/10/12 9/10開催 拉致監禁問題を考える特別シン

    uciga
    uciga 2011/04/21
    こんなことは絶対に許されない。憤りを感じます。
  • 新聞・メディア情報|監禁下の熾烈な攻防 解放時は、栄養失調状態|全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

  • 全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    掲載にあたって 太田朝久著『「原理講論」に対する補足説明』(1995年5月29日初版)をPDFで掲載いたします。同書は現在、在庫切れとなっており、各方面から「同書をぜひ入手して読みたい」という要望が数多く寄せられていました。 太田朝久著『踏みにじられた信教の自由』(光言社、2008年7月1日)の中でも、同書が参考文献として引用されており、『踏みにじられた信教の自由』の内容をより深く理解していくために必要不可欠な書籍となっています。 この『「原理講論」に対する補足説明』を熟読していたおかげで、長期にわたる反対牧師の脱会説得にも屈せず、信仰を守り通すことができたという拉致監禁被害者の証しがあります。統一原理の理解と確信を深めていただくためにもご活用ください。 なお、掲載したファイルは同書の「第一部」に当たる部分で、1996年5月の再版を用いています。また、資料として追加した[注a]~[注d]

  • 全国拉致監禁・強制改宗被害者の会 統一教会信者への人権侵害の実態

    2024/02/03 鈴木エイト氏に対する名誉毀損訴訟・第一回口頭弁論 報告会動画公開! 詳細 ► 2024/02/01 『公正な報道と記事の訂正を求める要望書』を中山達樹弁護士が弁護士ドットコムに送付 詳細 ► 2023/12/22 ビラ作成しました「刑務所よりも過酷な拉致監禁現場」 詳細 ► 2023/11/09 11/3 新潟シンポジウム『家庭連合信者に人権はないのか』YouTube配信のお知らせ 詳細 ► 2023/11/01 当会代表 後藤徹の手記が月刊『正論』2023年12月号に掲載されました! 詳細 ► 2023/10/12 9/10開催 拉致監禁問題を考える特別シンポジウム 講演者別の動画をYouTubeにアップ 詳細 ► 2023/10/12 当会代表 後藤徹が鈴木エイト氏を東京地方裁判所に提訴 詳細 ► 2023/09/14 「拉致監禁」問題を考える特別シンポジウム―家

  • 冊子「拉致監禁」シリーズ3 - 反対派の悪辣な手口 | 反対派の手口(統一教会信者の親に対する働きかけ) | 全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    統一教会の信者に対する、拉致監禁・強制改宗について、その根絶を求めます。冊子「拉致監禁」シリーズ3 - 反対派の悪辣な手口。反対派の手口(統一教会信者の親に対する働きかけ) 冊子「拉致監禁」シリーズ 3 反対派の悪辣な手口 2 反対派の手口 2.統一教会信者の親に対する働きかけ (1)相談に来た統一教会信者の親に対する指導 統一教会信者の親が、高澤牧師に相談しに来た場合、どのような指導を行うのかについて、高澤牧師は次のように証言しています。 まず、統一教会が「社会悪」であることを話し、信者が「マインドコントロール」されていることを、親との間で確認し合っていくといいます【注10】。その際、統一教会問題は「家庭問題」「親子問題」という側面が強いため、子供が統一教会に通うようになった心理状況を把握してもらうための「ガイダンス」や「教育」を心掛けているといいます【注11】。そして、親に対し、信者を

  • 冊子「拉致監禁」シリーズ3 - 反対派の悪辣な手口 | 反対派の手口 | 全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    統一教会の信者に対する、拉致監禁・強制改宗について、その根絶を求めます。冊子「拉致監禁」シリーズ3 - 反対派の悪辣な手口。反対派の手口 冊子「拉致監禁」シリーズ 3 反対派の悪辣な手口 2 反対派の手口 1.高澤守牧師の経歴 高澤守牧師は1942年、新潟県生まれ。1965年に洗礼を受け、1972年に神戸聖書学院に入学。1979年、牧師資格を取得し、1981年、単立・キリスト教神戸真教会に赴任して現在に至っています【注1】 高澤牧師は、1972年の神学生時代、八王子で開拓伝道をしているとき、統一教会信者の改宗を行ったといいます【注2】。そのときは任意の話し合いで脱会させて、監禁はなかったとのことです【注3】。彼は神戸真教会に赴任してからも改宗活動にかかわり【注4】、約10年前(86年ごろ)から信者を監禁して脱会の説得を行ってきました【注5】。現在(1996年)まで約200名を脱会させ【注6

  • 冊子「拉致監禁」シリーズ3 - 反対派の悪辣な手口 | 反対派の手口 | 全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    統一教会信者に対して行われる「拉致監禁」による強制改宗事件が、1966年から今日まで多数発生してきました。 脱会説得を担当するのは一部のキリスト教牧師ですが、これまで彼らは、「脱会説得は、親に頼まれて話しをしただけで、拉致監禁にかかわっていない」と主張してきました。 ところが、神戸地裁の「青春を返せ裁判」(平成四年ワ第一七三二号事件)に、原告側証人として出廷した高澤守牧師(単立・キリスト教神戸真教会)は、統一教会信者の親族に対し、子供を拉致監禁するよう働きかけていたこと、自ら拉致計画の立案・実行に深く関与し、親と密接に連絡を取り合って親を操っていたこと、監禁場所で凶器を持ち出し、信者に対話を迫っていたことなどを認める発言をしています。この高澤牧師の証言に基づいて、反対牧師の手口を明らかにしたいと思います。

  • 冊子「拉致監禁」シリーズ3 - 反対派の悪辣な手口 | はじめに | 全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    統一教会の信者に対する、拉致監禁・強制改宗について、その根絶を求めます。冊子「拉致監禁」シリーズ3 - 反対派の悪辣な手口。はじめに 冊子「拉致監禁」シリーズ 3 反対派の悪辣な手口 1 はじめに 1966年、森山諭牧師(日イエス・キリスト教団荻窪栄光教会)の主導によって、統一教会信者に対する最初の強制改宗事件が起こりました。 翌年7月7日、朝日新聞が「親泣かせ原理運動」という批判キャンペーンを開始。その報道に不安を煽られた親族が森山牧師とつながって指導を受けたため、拉致監禁事件が多発していきます。 反対派から指導を受けると、親族はさらに不安をあおられて、結局、反対牧師や元信者と協力態勢を組みながら、統一教会信者に対する強制棄教に取り組むようになります。 脱会説得するには聖書等に関する専門的知識が要るため、統一教会信者を子にもつ親は、脱会説得を専門に行う牧師や元信者につながって約半年から

  • 冊子「拉致監禁」シリーズ2 - その時警察はどう動いたか | 三度の拉致体験 監禁行為に荷担した警察官 | 全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    統一教会の信者に対する、拉致監禁・強制改宗について、その根絶を求めます。冊子「拉致監禁」シリーズ2 - その時警察はどう動いたか。三度の拉致体験 監禁行為に荷担した警察官 小林宗一郎 清水牧師「縛ったっていい」 冊子「拉致監禁」シリーズ 2 その時警察はどう動いたか 3 三度の拉致体験 監禁行為に荷担した警察官 小林宗一郎 清水牧師「縛ったっていい」 監禁された翌日、私が呼んでもいないのに清水与志雄牧師が監禁場所にやって来ました。私は不当な環境の中で、一方的に話してくる牧師の話に対して、何を聞かれても感想を述べませんでした。 一方、親が「統一原理の講義をしてくれ」と頼んできたため、愛美書店で御言をそろえてくれるように頼み、原理講義を始めました。私は、親を伝道しようと真剣に決意し、講義案をつくり、70日間で総序から再臨論までを講義しました。 途中、モーセ路程を聞き終わった父は、文先生のことを

  • 冊子「拉致監禁」シリーズ2 - その時警察はどう動いたか | 三度の拉致体験 監禁行為に荷担した警察官 | 全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    統一教会の信者に対する、拉致監禁・強制改宗について、その根絶を求めます。冊子「拉致監禁」シリーズ2 - その時警察はどう動いたか。三度の拉致体験 監禁行為に荷担した警察官 小林宗一郎 手足を建築用資材で縛られる 冊子「拉致監禁」シリーズ 2 その時警察はどう動いたか 3 三度の拉致体験 監禁行為に荷担した警察官 小林宗一郎 手足を建築用資材で縛られる 三度目の被害に遭ったのは、1997年4月11日のことでした。朝7時、いつものように仕事に行こうと教会施設から出て道路を歩いていると、突然、「宗一郎だ!」という父の声が聞こえた瞬間に、手足を掴まれて担ぎ上げられ、近くに止めてあったワゴン車に押し込められました。押し込まれた車の窓にはスモークが張られており、開かないように固定されていました。私は、毎日のように「また監禁されるだろう」と強制棄教の危険性を教会責任者から言われていたため、備える気持ちが

  • 冊子「拉致監禁」シリーズ2 - その時警察はどう動いたか | 三度の拉致体験 監禁行為に荷担した警察官 | 全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    統一教会の信者に対する、拉致監禁・強制改宗について、その根絶を求めます。冊子「拉致監禁」シリーズ2 - その時警察はどう動いたか。三度の拉致体験 監禁行為に荷担した警察官 小林宗一郎 油断させて、二度目の拉致監禁 冊子「拉致監禁」シリーズ 2 その時警察はどう動いたか 3 三度の拉致体験 監禁行為に荷担した警察官 小林宗一郎 油断させて、二度目の拉致監禁 二度目は、1995年3月でした。両親が、私の大学卒業のお祝いをしてくれるということになりました。親戚も来ると聞き、私は「両親や氏族を伝道できるチャンスだ」と思い、喜んでいました。当日、親戚は教会のVTR「丹心」を見てくれ、拍手までするのです。その後、ボーリングと事を一緒にし、私はお祝いまでもらって大喜びでした。 ところが、それは私を油断させるための罠だったのです。私は騙されていることに全く気づかず、帰宅の車に乗りました。ところが、私の乗

  • 冊子「拉致監禁」シリーズ2 - その時警察はどう動いたか | 三度の拉致体験 監禁行為に荷担した警察官 | 全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    統一教会の信者に対する、拉致監禁・強制改宗について、その根絶を求めます。冊子「拉致監禁」シリーズ2 - その時警察はどう動いたか。三度の拉致体験 監禁行為に荷担した警察官 小林宗一郎 助け求める私の頭たたいた刑事部長 冊子「拉致監禁」シリーズ 2 その時警察はどう動いたか 3 三度の拉致体験 監禁行為に荷担した警察官 小林宗一郎 助け求める私の頭たたいた刑事部長 1992年11月30日、教会から自宅に帰った真夜中のことです。ベッドに入った直後、両親と親族らが「話し合いだ、牧師先生の話を聞くんだ」と私を羽交い締めにして無理やり車に押し込み、目隠しをしたまま上野のウィークリーマンション10階まで連行し、監禁してしまいました。 私は、暴力的に連れ去って閉じ込めるという、その不当なやり方に抗議して騒ぎました。足で思いっきり窓を蹴飛ばすと、窓ガラスが割れ、大声で「拉致監禁です、助けて下さい」と叫んで

  • 冊子「拉致監禁」シリーズ2 - その時警察はどう動いたか | 拉致監禁事件に終止符を打つため、両親・牧師を告訴 | 全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    統一教会の信者に対する、拉致監禁・強制改宗について、その根絶を求めます。冊子「拉致監禁」シリーズ2 - その時警察はどう動いたか。拉致監禁事件に終止符を打つため、両親・牧師を告訴 今利智也・理絵夫 冊子「拉致監禁」シリーズ 2 その時警察はどう動いたか 2 拉致監禁事件に終止符を打つため、両親・牧師を告訴 今利智也・理絵夫 「両親を訴えることに躊躇いがなかったと言えばウソになります。 でも、自分と家族の身を守り、信仰を守り、統一教会の会員を襲う拉致監禁問題に終止符を打つため、さらには日に真の信教の自由を打ち立てるためにも、この方法しかなかったと思います。?肉を切らせて骨を断つ?というような信念でした」 今利智也さん、理絵さん夫は、神奈川県内の自宅で両親などを訴えた心境をこう語った。 理絵さんはこれまでに二度、家族と牧師の手によって拉致監禁された経験を持つ。1995年10月下旬の時は

  • 冊子「拉致監禁」シリーズ2 - その時警察はどう動いたか | はじめに | 全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    統一教会の信者に対する、拉致監禁・強制改宗について、その根絶を求めます。冊子「拉致監禁」シリーズ2 - その時警察はどう動いたか。はじめに 冊子「拉致監禁」シリーズ 2 その時警察はどう動いたか 1 はじめに 2000年4月20日。衆院決算行政監視委員会で、桧田仁自民党衆院議員(当時)は人権侵害・信教の自由に関して次のように質問した。 「拉致、監禁、暴行、傷害罪など刑事罰行為に触れる行為は、たとえば、親子や夫婦なら問われないということがあるか」 これに対して、当時の警察庁長官、田中節夫氏はこう明言した。 「親子や親族であっても、刑罰に触れる行為があれば、何人に対しても法と証拠に照らし厳正に対処する」 2009年9月28日、離婚した日人の元が、アメリカから日の実家に子供と帰国したため、元夫が8歳の長男と6歳の長女を無理やり連れ去るという事件が起きた。福岡県警柳川署は、この男性を逮捕し、

  • 冊子「拉致監禁」シリーズ1 - 痛哭と絶望を超えて | 残された心の傷 塩谷知子(偽装脱会) | 全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    統一教会の信者に対する、拉致監禁・強制改宗について、その根絶を求めます。冊子「拉致監禁」シリーズ1 - 痛哭と絶望を超えて。残された心の傷 塩谷知子(偽装脱会) 冊子「拉致監禁」シリーズ 1 痛哭と絶望を超えて 4.残された心の傷 塩谷知子 〈偽装脱会〉 監禁から解放されるために、「今日こそ、統一教会をやめると言おう」「今日こそは……」と、毎日そう思いながら、なかなか言い出す勇気がでてきませんでした。 「当に偽装脱会ができるだろうか……。また、言ったとしても、私がその後、統一教会に戻ったら、親は悲しんでしまうだろう……」。そう思うとなかなか決意ができませんでした。 ちょうど40日が経った朝方、夢をみました。真のお母様が真っ赤なチマチョゴリを着て大きなおなかをされ、しんどそうに座っておられました。そして、その隣に真のお父様がおられ、「今回は難産なんだ」とおっしゃったのです。 私が監禁された

  • 冊子「拉致監禁」シリーズ1 - 痛哭と絶望を超えて | 残された心の傷 塩谷知子(監禁されたマンションの中で) | 全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    統一教会の信者に対する、拉致監禁・強制改宗について、その根絶を求めます。冊子「拉致監禁」シリーズ1 - 痛哭と絶望を超えて。残された心の傷 塩谷知子(監禁されたマンションの中で) 冊子「拉致監禁」シリーズ 1 痛哭と絶望を超えて 4.残された心の傷 塩谷知子 〈監禁されたマンションの中で〉 パニックになっている私に対し、両親は「知子すまん。これしか方法がなかったんや」と何度も言いました。私は、「こんなことして良心が痛むでしょう!」と言いました。 部屋は、厳重に鍵がかけられており、トイレに行くときも父が見張っていました。 無理矢理連れて来られた時のショックは、体が覚えており、異常なほどの恐怖心と、寝るときにも私が逃げないよう、家族が常時見張っていましたので、強い精神的圧迫を受け、苦痛を感じる日々が始まりました。 両親は、「話し合いをしたい」、「統一教会のことを知りたい」、「統一教会に詳しい牧

  • 冊子「拉致監禁」シリーズ1 - 痛哭と絶望を超えて | 残された心の傷 塩谷知子(監禁開始) | 全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    統一教会の信者に対する、拉致監禁・強制改宗について、その根絶を求めます。冊子「拉致監禁」シリーズ1 - 痛哭と絶望を超えて。残された心の傷 塩谷知子(監禁開始) 冊子「拉致監禁」シリーズ 1 痛哭と絶望を超えて 4.残された心の傷 塩谷知子 塩谷知子と申します。私は1992年8月25日、韓国ソウルで挙行された「3万双国際合同祝福結婚式」で結婚し、その後、家庭をもち、現在3人の子供がおります。 私は2006年8月、うつ)病になりました。子育ても家事もできなくなり、真っ暗なトンネルに入ったような心境を味わいました。「この思いは……、どこかで味わったことがある……」 13年前に体験した拉致監禁を思い出したのです。 私は忘れようとしてきた過去にようやく向き合い始めました。そして、その事を通して拉致監禁を体験した私だけでなく、当時婚約者であった主人も大きな心の傷を受けていたことが見えてきたのです

  • 冊子「拉致監禁」シリーズ1 - 痛哭と絶望を超えて | 警察庁長官に訴えるも届かず | 全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    統一教会の信者に対する、拉致監禁・強制改宗について、その根絶を求めます。冊子「拉致監禁」シリーズ1 - 痛哭と絶望を超えて。警察庁長官に訴えるも届かず 冊子「拉致監禁」シリーズ 1 痛哭と絶望を超えて 3.警察庁長官に訴えるも届かず 夫と、当時1歳半の長女を拉致され、家族の引き裂かれたTさんの苦悩 平成11年11月13日、都内に住むSさん(当時、32歳)が当時1歳半の長女と一緒に、埼玉県の実家に日帰りの予定で帰ったが、その後、半年経っても彼は自宅に戻るどころか、に電話ひとつかけてこなかった。 Sさんの「失踪」に、夫の実家が関与していることははっきりしている。Sさんの両親は、Sさん夫婦が統一教会の国際合同祝福式に参加し、結婚したことに強く反対していた。は婚約中、実家の敷居をまたぐことさえ許してもらえなかった。長女が生まれたことで、両親の態度は幾分和らいだが、それでも実家には上げてもらえな

  • 冊子「拉致監禁」シリーズ1 - 痛哭と絶望を超えて | 拉致監禁による強制棄教事件の歴史 | 全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    統一教会の信者に対する、拉致監禁・強制改宗について、その根絶を求めます。冊子「拉致監禁」シリーズ1 - 痛哭と絶望を超えて。拉致監禁による強制棄教事件歴史 冊子「拉致監禁」シリーズ 1 痛哭と絶望を超えて 2 拉致監禁による強制棄教事件歴史 反対牧師が暗躍した43年間を概観すれば、4つの期間に区分できる。 第I期が1966年~76年まで。この期間は、森山諭牧師が福音派の立場から「統一教会は異端」という動機をもって強制改宗を始めた。翌年7月7日、朝日新聞夕刊に「親泣かせ原理運動」の記事が掲載され、不安をあおられた親族が森山牧師に相談して事件が増える。76年3月4~6日、森山牧師が東京・八王子大学セミナーハウスで「統一協会問題対策セミナー」を開催し、監禁して説得する改宗法を他の牧師に伝授する。 ※ ※ ※ 第II期が1976年~87年まで。この期間は森山牧師の他、船田武雄牧師、高澤守牧師、

  • 冊子「拉致監禁」シリーズ1 - 痛哭と絶望を超えて | はじめに | 全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会

    統一教会の信者に対する、拉致監禁・強制改宗について、その根絶を求めます。冊子「拉致監禁」シリーズ1 - 痛哭と絶望を超えて。はじめに 冊子「拉致監禁」シリーズ 1 痛哭と絶望を超えて 1 はじめに 2000年1月12日、新潟県柏崎市のS宅で、毛布にくるまった一人の女性(当時19歳)が保護された。この女性は、小学校4年の時の1990年11月13日の下校途中で拉致監禁され、自宅に連れ込まれていた。女性は、実に9年2カ月ぶりに家族と再会できたのである。この事件が発覚した時は、新聞テレビがセンセーショナルで報じており、記憶されている人も多いことだろう。犯人のSは、懲役14年の刑が言い渡されている。 この女性の恐怖と、解放された後もなお、リハビリの道は厳しいものと想像するのだが、統一教会信者で拉致監禁された経験を持つ美佐さんは、自身のホームページで、新潟事件に言及し、こう語っている。 〈新潟の監禁事