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ホメオパシーはなぜ女性に人気なのか(その3) [10/09/25] 佐藤(佐久間)りか皆様からの厳しいコメントを拝見して、門外漢のくせに、難しいテーマに踏み込んでしまったと反省気味です。もともと、このテーマは「乳がんの語り」と「前立腺がんの語り」を比べてみて、補完代替療法の選択の仕方に性差があるようだと思ったところから始まりました。乳がん患者さんの多くは、病気になる以前からリラクゼーションなどの目的で、アロマセラピーやハーブティーを日常生活に取り入れている世代の女性たちですから、ホメオパシーのようなものも、その延長線上にあるものとして受け入れる土壌があるのかもしれない、ということが一つにはあります。おそらく、前立腺がんの患者さんの多くにとってはこうした西欧由来の代替療法よりは、漢方や気功などの東洋的なものかアガリクスなどのサプリメントのほうが身近に感じられるのでしょう。 しかし、そうした
2011/7/2011:30 日本の職場の「窮屈さ」について 筒井淳也 東日本大震災は日本の社会・経済にとって大きなショック要因となっている。と同時に、電力不足という課題はより構造的な変化を社会の様々なところに要請している。多大な犠牲をともなう災害ではあったが、何かしら社会が良い方向に変わるきっかけになるのなら、それを活かさないことは誰にとっても本意ではないだろう。 みなさんは、日本の職場は世界でトップレベルに「窮屈」であるという事実をご存知だろうか? 窮屈というのは空間的な意味ではなく(それもありそうだが)、自分の自由裁量で働く余地が少ない、ということである。よくいわれる有給休暇の取得率の低さなどから日本の職場の窮屈さを推し量ることができるが、もっと直接的にそれを示すデータあるので、紹介しよう。 データは代表的な国際比較可能なサーベイであるInternational Social Sur
2011/7/623:3 ネクタイをはずさせる方法 清水剛 7月4日、政府は37年ぶりに電気事業法27条にもとづく電力の使用制限を発動した。これにより、大口需要家については昨夏の使用最大電力から15%削減した値までに電力使用が制限されることになる。実際、6月下旬はこの50年間で最高の暑さとなり、7月に入っても暑い日がつづいている。電力供給がなお不十分な状況でのこの暑さであるから、電力の使用制限は必要な措置だろう。 ここだけ読むと冗談のようだが、実際にはかなり真剣な問題である。何せ、彼らがスーツとネクタイ姿で働くために、都心のビルでは膨大な電力を冷房に使うばかりか、その排熱でさらに気温をあげているのだから(いや、さすがにビルのなかではネクタイをはずしているかもしれないが)。そこで、この点を考えてみることにしよう。 ■なぜスーツを着てネクタイを締めるのか? ひとつの考えられる理由は、「たとえば
5月31 服装一つ自主的に決められない日本企業の惨状 Tweet カテゴリ スーパークールビズが発表されたものの、服装の是非が取りざたされて、一部の企業を除いてはあまり進む気配が感じられない。 ポロシャツでは相手先に失礼になるのではないか?という意見が多いようだが、 全企業がポロシャツになれば、失礼もクソもない。 そういう方々は、昨年並みの猛暑となったと仮定して、気温35度・湿度70%・冷房なしの状態で、脱水症状になっても「失礼にあたるから」と上着を着用し続ければ良い。 例えば、ハワイではアロハが正装とされており、 ホテルの従業員もアロハを着用している。 ハワイのホテルに行って「こいつら失礼極まりない」と怒る人がいるのだろうか? 今回のスーパークールビズ騒動の発端は電力不足であるとはいえ、 政府に服装のガイドラインを決めてもらうというのは、服装後進国であることを暴露してしま
英国メイドの終焉を語る際には、「使用人問題」という言葉は欠かせません。英語では「The Servant Problem」「The Servant Question」と表記するこの問題は、時代によって「何が問題か」という意味が異なりました。 まず、19世紀末までに表面化した大きな問題は「優秀な使用人のなり手不足」です。こちらの見解は主に中流階級の女主人(=メイドの雇用主)の間で強い支持を受け、使用人個人の資質に対する攻撃や不満を含んだものでした。いわく、「昔の使用人は優秀だった」、いわく「メイドの質はひどく、訓練が足りない」など。 もう一つの視点が、同じ「なり手不足」でも、「メイドという職業全体」への需要に対する供給不足という、より高いレベルでの構造的問題を扱うものです。こちらが大きく顕在化し、政府が取り組み始めたのが第一次世界大戦に前後した時代で、1920年代以降はほとんどの場合、個人の資
就職するって、どういうこと? 働くことって、なんなんだろう? ほぼ日刊イトイ新聞では、あらためて 「就職」について考えてみることにしました。 さまざまな職業・肩書きの人たちが登場してくる、 「ほぼ日」なりの就職特集です。 『ほぼ日の就職論』という特集企画の 「まとめ」を書くことになった。 そういう立場で、 これまでのページを読み返したのだけれど、 ここに「すぐ効く処方箋」があるようには思えない。 もともとが、 職を得るためにうまく立ち回るための方法を、 否定したいと考えて、スタートした企画だ。 ただ、この連載のなかで発言してくれた人たちは、 みんな、自分のことばで、 自分の手でつかみとったことを、 飾らずに語ってくれている。 そういう意味では、どこを取っても役に立つ。 大切な糧になるような言葉が、 あちこちに落ちているとも言える。 事情やら、経緯やらを考えすぎると、 自分の歩いていく道を見
2011年05月31日20:48 カテゴリ最近読んだ本(国内)雇用 はたらきたい。(ほぼ日の就職論) ほぼ日刊イトイ新聞企画 2007年4月から3ケ月にわたってウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」(ほぼ日)で「ほぼ日の就職論」というシリーズの五つの対談とその内容に関連する百の言葉で構成されている。 内容は5章構成となっていて、「面接試験の本当の対策」では、KIZUNAパートナーズ株式会社代表取締役、河野晴樹氏、「目よ泳げ、そしてカツカレーを得よ」では、漫画家のしりあがり寿氏が、「ユメと希望の就職論」では、神戸大学大学院経営学科教授、金井壽宏氏が、「あがりたかったんだ」で、矢沢永吉氏(さすが肩書きなしです、永ちゃんと呼ぶのは失礼?)と糸井重男氏の間の対談、「THE GREAT FREE」では、芸人(監督)の板尾創路氏・ミュージシャンのピエール瀧氏・漫画家の天久聖一氏・ミュージシャンの浜野健太氏
育児パパのあったか・やさしい発達障害談義 12歳の発達障害児の育児や、発達支援活動を通して、「あたたかく」「優しく」そして「易しく」発達障害を語っていきたいと思います。略して「あ・や・しい発達談義!V(^^」・・いやいや怪しく無いっす! 時にはひとりの「人」としても、つぶやきますよ! 【にほんブログ村】 クリック励みになります! 安定就労の条件を考えるところで、自尊心・判断力・ゆる真面目・客観性・自己確立のうち、4つ目の「客観性」です。言い換えると、過剰適応をストップするために客観性を持つということです。 さて、僕が改めて言うまでもないことですが、 発達障害の安定就労の阻害要因として、 この過剰適応は非常に大きな要素を占める考えます。 ぼくは、周囲に適応できなくて困っている状態より、 無理に過剰適応してる状態の方が、余程問題だと感じています。 言うまでもなく、そんな状態は長くは続かないです
育児パパのあったか・やさしい発達障害談義 12歳の発達障害児の育児や、発達支援活動を通して、「あたたかく」「優しく」そして「易しく」発達障害を語っていきたいと思います。略して「あ・や・しい発達談義!V(^^」・・いやいや怪しく無いっす! 時にはひとりの「人」としても、つぶやきますよ! このシリーズでは、成人発達障害が安定就労する為の課題や秘訣について、考察してみました。 ぼくがこの2年半で、多くの当事者さんと関わらせていただいたり、語り合った中から、感じたところをまとめてみました。非常に大きなテーマなので、簡単には結論が出せるものではないのですが、今思うところについて、一度まとめようと挑戦しています。 このテーマについては今後も、何度か振り返って、考察していきたいと思っています。 発達障害が社会適応するということについて考えてみる 親としての心構え:安定就労を目指す(1) 高機能発達障害の
ということで、先日のエントリー「木村剛はなぜ暴走したのか」からの流れで、「ヤンキー的なもの」を求めてナンシー関を読んでみたわけである。 ナンシー関は、横浜銀蠅を論じる文脈において、「銀蠅的なものを求める人は、どんな世の中になろうとも必ず一定数いる」と述べ、次のように続けている。 銀蠅なきあと、世の中は無意識のうちに銀蠅の代わりを探していたようにも思える。これは私の個人的見解だが「X」や「BUCK-TICK」などの売れセンヘビメタや、工藤静香の方向性、THE虎舞竜のヒット、一部の素人女にみられる露出狂の域にまで達したボディコン(というよりコスプレ)文化などの根底に、いずれも「銀蠅の魂」が流れているように感じられてしようがないのだ。 現在、不良の傾向は「ツッパリ・ヤンキー」ではなく「チーム」みたいなことになってるみたいだけど、世の中が(意識下で)連帯するのはやはり「ツッパリ」なのだと思う。日本
2007年、『インパクション』誌上にて論文「<佐藤優現象>批判」を発表し、近年では『週刊新潮』および佐藤優を相手取っての裁判を進める一方、その佐藤優との野合を継続するばかりか、自社の社員すら守ろうとしない岩波書店および同社労働組合の姿勢をも厳しく批判してきた金光翔氏に対し、先日組合側から除名処分がなされ、同時に会社側からはユニオンショップ制をタテにとった解雇通告が出されたという。 既にウェブ上では先週から幾人かの方々が報じているが、金氏本人からの公式的な告知(ないし訂正)がないところを見ると、おそらく真実であり、氏自身はアナウンスを行う余裕すらないのではないかと思われる。 金光翔氏は既に岩波書店労働組合からの脱退を表明し、首都圏労働組合に所属していたのだが、これまで会社側も岩波労組側も、ともにこれを承認してこなかった。この時点で二者は、金氏の加入する組合の選択権や、他組合の労働三権を認めな
諸君らの研鑽の結果が、卒業の時を迎えた。その努力に、本校教職員を代表して心より祝意を述べる。 また、今日までの諸君らを支えてくれた多くの人々に、生徒諸君とともに感謝を申し上げる。 とりわけ、強く、大きく、本校の教育を支えてくれた保護者の皆さんに、祝意を申し上げるとともに、心からの御礼を申し上げたい。 未来に向かう晴れやかなこの時に、諸君に向かって小さなメッセージを残しておきたい。 このメッセージに、2週間前、「時に海を見よ」題し、配布予定の学校便りにも掲載した。その時私の脳裏に浮かんだ海は、真っ青な大海原であった。しかし、今、私の目に浮かぶのは、津波になって荒れ狂い、濁流と化し、数多の人命を奪い、憎んでも憎みきれない憎悪と嫌悪の海である。これから述べることは、あまりに甘く現実と離れた浪漫的まやかしに思えるかもしれない。私は躊躇した。しかし、私は今繰り広げられる悲惨な現実を前にして、どうして
昨日のエントリは、入試の件について書きたかったというよりは、同じ京大で起こった別の事件について書こうと思ったのがきっかけだったのです。ツイッター上ではさんざん報じられてますが、union extasyのテント強制撤去未遂の件。(エクスタシーのブログ参照) 入試問題で過敏になった管理者が、テントが目立つのを忌避したのか、強制撤去しようとしたところ、学生たちが抵抗して、理事と直談判した結果、その位置に在ることを認められた(補足:認めたのは施設管理関係の管理職の方らしい)。 エクスタシーを支援しているわたしとしても他人事ではなく、固唾をのんでw見守っていたが、とりあえず落ち着いて良かった。まあ5年条項や均等待遇の件自体はちっとも解決してないんだけど、あそこにテントがあって、色んな問題の駆け込み寺みたいになっていて、まあ駆け込み寺といっても逃げこんだひとの問題が自動的に解決されるわけではもちろんな
それは、成功した理由を「自分の努力によるもの」だと思ってしまう奴。そしてさらに、成功出来ない奴を「努力が足りない」とか「何のために生きてるの?」などとドヤ顔で見下してしまう奴。もちろん、ネット上でもリアルでも、あからさまにそんな態度を見せつける奴はまずいない。でも、奴らはどんなに巧妙に隠しても必ず隠しきれないそういった面がある。「自分は本当に運が良かったと思うし、普段からの努力が結果に結び付いたのかも」という風な言い方をする人間は大抵ダメ。それは、運が良かったという言葉を真実のものとしてではなく「謙遜」という社交テクニックとして使っているに過ぎないから。つまり本当は俺の努力があったから成功できたんだけど、あんまり言うと自慢っぽいから少し運のせいってことにもしておくか、という態度だから。 自分が成功できた理由など単に運が良かった以外にないことに気付けないうちは、いつまで経ってもダメな奴。世の
NHK見てたら女の結婚相手選びが低リスク安定志向になっているとか言ってたのでクソワロタwww てめえらDefensive Stockを買いにいくFund Managerかよwww コミュニティを破壊し続けた結果、ついに結婚は銘柄選びとなってしまったwww 先祖から受け継いだ田畑と親を捨てて都会に出て来たとき、残された老人たちには無縁社会が残された。それが限界集落。 コミュニティの場は会社に移り、そこには親兄弟、小姑、結婚相手、なんでも揃っていた。 が、それも個を重んじるお前らが「飲み会は嫌だ社内旅行は嫌だ」と駄々を捏ねてぶち壊しちまったwww 理念や宗教で人間関係を繋ぐことの出来る欧米人と違って、コミュニティを失ったら日本人は終わりw だから最も理念的である筈の政党においてさえ派閥という擬似家族が形成され、そこの長は「オヤジ」と呼ばれた。 折角、利権や談合でみんな仲良く利益分配してたのに、
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