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書評と男女問題に関するumetenのブックマーク (109)

  • 新・後藤和智事務所 〜若者報道から見た日本〜: 三浦展研究・後編 〜消費フェミニズムの罠にはまる三浦展〜

    人気blogランキング このブログが面白いと思ったらクリックをお願いします。 ウェブログ図書館 多くの優れたブログの記事へのリンクで構成されたウェブ上の図書館です。このブログも登録されています。 ウェブログ図書館(著者名「後藤和智」で検索) 「ウェブログ図書館」に登録されている私の書いた文章の一覧です。 mixi(ミクシィ) 何となくmixiをやっています。会員限定なので注意。リンク先は私のプロフィールページです。 オンライン書店ビーケーワン 私が書評を投稿しているオンライン書店です。 後藤和智の雑記帳 私のサブのブログです。 [Circle.ms][後藤和智事務所OffLine] プロフィール Circle.msの私のサークルのページです。 後藤和智 (kazugoto) on Twitter 雑感などを書いています。 後藤和智事務所OnLine - トップページ 筆者のポータルサイトで

    新・後藤和智事務所 〜若者報道から見た日本〜: 三浦展研究・後編 〜消費フェミニズムの罠にはまる三浦展〜
    umeten
    umeten 2006/05/24
    大衆的フェミニズムが女性の「幸せ」を最大の目標に掲げたが為に、商業主義に屈服してしまった。それが「消費フェミニズム」。 >内田樹ブログの「エビちゃん」ネタを叩くブロガーに欠けているのはこの視点。
  • 「負け戦」から始まる?腐女子論  - さかさまつげ

    やおい歴ン十年、筋金入りの腐女子であるところの闇さん(=仲村明子さん*1)が、ようやく『オタク女子研究』を読んだというので、電話でだらだら話した。やはりというか当然と言うか闇さんも批判的で、その趣旨そのものはネットで見かける批判と大差ないのだけれど(とはいえ、その言葉の直截さには闇さんならではのユーモアがあって、ぜひどこかに書いてもらいたいと思う)、なぜ(一部の)腐女子がこのを批判せずにはいられないか、その背景を、簡潔に説明してくれたのが僕にはとても印象的だったし、納得した。 ことはジェンダーにかかわる。僕が、知人のSF業界人の言を引き合いに出して、たとえばSFオタクが同様のを書かれたとしても、このに対して反応した腐女子ほど感情が先に立つとは思えない、と言ったところ、闇さんは「それはあなたやあなたの知り合いが男だからだよ」とあっさり答えたのだった。さらに続けて「女の人はジェン

    umeten
    umeten 2006/05/22
    「腐女子」「やおい」というものの背後にある「ジェンダーとの闘い」の歴史を見ることなく「腐女子」がハッピーな「ふつう」の女性だと強調するこの本は、ジェンダーとの女性の闘い(そして負け)を軽んじるものだ。
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    オーベルジーヌ実レポ べ物の鼻塩塩(未だに通じるのかな) オーベルジーヌというカレーをご存知だろうか 都内にあるデリバリー専門のカレー屋で、 ロケ弁などで大人気の格欧風カレーが楽しめるらしい いいな〜 いいな〜オブザイヤー 都内の奴らはこんな良いモンってんのか 許せねえよ………

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  • Socius_社会学感覚22ジェンダー論

    22 ジェンダー論 増補 女と男について考え始める 当初の計画ではジェンダー論の章も予定していたのだが、たまたま執筆順序があとになったため紙数調整の犠牲になってしまった。しかし、ジェンダーは権力行使の日常的かつ最大規模の現場である。ジェンダーへの言及なき権力論は、それ自体、権力作用の罠に陥っているというべきだろう。 セックスが生物学的に定義された性であるの対して、ジェンダーは社会的に定義された性のこと。私たちは「女であること」あるいは「男であること」をとかく生物学的な性を基準に議論することが多いが、じつは議題になっているのは生物学的な性ではなくて社会的な性である。そこをきちんと立て分けないと混乱する。しかも、生物学的な性は、しばしば偏見的主張の絶対的正当性としてもちだされてしまうことが多くて、ろくなことがない。理性的な議論にはじゃまな道具立てなのである(それを社会学者は「イデオロギー装置」

  • 「性愛」格差論 - 新・整腸亭日乗

    斎藤環と酒井順子の対談、「おたく」と「負け犬」を代表する論客とエッセイストの対談となれば面白くないわけはない。抽象的な思考で語る斎藤環と、現実の些細な差異にこだわる酒井順子の対話は、通常では交差しないように見える。しかし、書を読むと、ある種知的な男女の関係とは異文化交流にほかならないことが、よく分かる内容になっている。たいへん勉強になった。 「性愛」格差論―萌えとモテの間で (中公新書ラクレ) 作者: 斎藤環,酒井順子出版社/メーカー: 中央公論新社発売日: 2006/05/01メディア: 新書購入: 2人 クリック: 44回この商品を含むブログ (117件) を見る 「おたく」や「負け犬」や「ヤンキー」などは、理解できるキーワードだが、「腐女子」は書ではじめて知った。女性は二人というコンビの行動(連帯)が可能だが、「おたく」系の男性は孤独だ。いま、格差社会といわれているけれど、「カル

    「性愛」格差論 - 新・整腸亭日乗
  • かめ?:うんざり呆れる事例集―――『壊れる男たち―セクハラはなぜ繰り返されるのか―』 - livedoor Blog(ブログ)

    北米トヨタ社長が女性秘書からセクハラで訴えられ、辞任した。 セクハラがあったか否か、などの事実関係は今後の調査を待たねばわからないが、まだ罪が確定しない段階での辞任。 以前、米国三菱自動車製造のアメリカでのセクハラ事件が不買運動を引き起こすほどの騒ぎに発展したため、トヨタとしては素早い対応をせざるを得なかったのだろう。 と、このぐらい「セクハラ」は大騒動になる危険をはらんでいるわけだ。 だから、心の中では 「なんで、たかだが会社の女にちょっと手を出したぐらいで騒がれなきゃいけないんだ? 女なんか、黙って男にやられてりゃいいんだよ。 やってもらえるだけ、ありがたく思え! それもこれも、ジェンダーフリーとか言い出すバカどものせいだ。 キョーイクが悪い、ニッキョーソの陰謀だぁ!!」 と思っていたとしても 「部下の女の子を二人っきりで事に誘うと、アブナイか」 ぐらいの考えは頭に浮かぶだろう、たい

  • 図録▽東京ディズニーランドのアトラクションの推移

    1983年4月15日に開演した東京ディズニーランド(TDL)のアトラクション数の推移を掲げた。アトラクションの中でも青年男子が楽しめそうな主要アトラクションの数と各アトラクションの存続期間を合わせ図示した。 この図録の原資料である堀井憲一郎(2006)「若者殺しの時代 」によれば、東京ディズニーランド(TDL)開園当時男子大学生が楽しめるようなアトラクションは少なく、ディズニーの想像ワールドに浸ることの出来る子ども、あるいは女子以外にとっては、別に楽しくもない場所だった、という。 堀井氏の主張は、1980年代に、家族、村といった従来の共同体に基づく我々の幻想がバラバラにされ、大掛かりな金儲けラインが作り出す幻想に取って代わられ、「そのお金儲けラインは、女の子が希望する方向にばかり延びていったのだ。女の子の希望方向ばかりに延びると、男の子が苦しくなり、まわりまわって女の子まで苦しくなってくる

    umeten
    umeten 2006/05/10
    堀井憲一郎(2006)「若者殺しの時代」
  • 『壊れる男たち』

    著者は東京都の「女性相談窓口」などで労働相談仕事に携わっていた労働ジャーナリスト(43年生まれ)。セクシャル・ハラスメントに“加害者男性の実存”という観点から切り込んだ。 もともとひどいはなしを集めただから、それを読んでいやな気分になるのは自業自得ともいえるが、まあ後味は悪いです(もちろん、それは著者のせいではない)。興味深いのは、とりあげられた事例の加害者男性がそろって、男性である著者に対してホモソーシャルな共感に訴える弁明をすること(「男だったらわかるでしょう、女というのは○○なもんですよ」)。それが通じないとわかったときの加害者のうろたえぶりは滑稽でもあり醜悪でもあり情けなくもある。 ところで問題は、タイトルが示唆している認識…セクシャル・ハラスメントが近年増加・悪質化しているという認識の妥当性。「セクシャル・ハラスメント」という概念が“輸入”される以前の実態についてはきちんと