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2019年2月15日のブックマーク (3件)

  • 栃木に国会 平成の夢物語 | 特集記事 | NHK政治マガジン

    国会議事堂。 昭和11年、当時日一の高さを誇った石造りの建物は、いまも首都・東京の顔とも言える存在だ。 「国会を東京から地方に移そう」 平成の前半、そんな計画が浮かんで、消えた。なぜ計画は、幻に終わったのか。 (宇都宮局 家喜誠也) そこは那須野が原 栃木県北部。東北自動車道・西那須野塩原インターチェンジを降りると、松林越しに豊かな自然が広がる。那須野が原だ。去年、開拓の歴史が評価され、日遺産に選ばれた。 国道沿いに古びた看板を見つけた。「那須野が原に国会を」 そう、ここは栃木県が国会を呼び込もうとした舞台なのだ。起伏の少ない平坦な土地。確かに開発には向いている。看板は、ほかにも見つかった。 でも…当にそんな話があったのだろうか? 国の重要テーマだった 発端は、平成の初めにさかのぼる。平成2年11月に衆参両院で「国会移転決議」が採択された。 この決議は、東京への一極集中を是正し、災害

    栃木に国会 平成の夢物語 | 特集記事 | NHK政治マガジン
    umi1334
    umi1334 2019/02/15
  • 電話ボックスへの詰め込み競争 - Wikipedia

    電話ボックスへの詰め込み競争(でんわボックスへのつめこみきょうそう、英語:phonebooth stuffing)は1950年代に流行したものの一つ。何人もの人が次々と電話ボックスに入っていき、もう中に入る空間がなくなるか、入る人間がいなくなるまで続ける、というものである。1959年代春、南アフリカのダーバンで学生が記録に挑戦したことをきっかけに、流行が南ローデシア、イギリス、カナダ、アメリカ合衆国へと拡散した。 流行[編集] 1959年3月20日、ダーバンのYMCAで25人の男子学生が標準的な電話ボックスに入る、という記録を打ち立てた。学生は身長5フィート4インチ(163cm)から6フィート2インチ(188cm)といった体格で、体の一部分はボックスの中に入った状態になっていたが、電話が鳴っても誰も出ることができなかった[1][2]。 この記録を契機に全世界に流行が拡散し、学生を中心に各地

    電話ボックスへの詰め込み競争 - Wikipedia
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    umi1334 2019/02/15
  • ふるさと納税「3割」守ったら…寄付額20分の1に衝撃:朝日新聞デジタル

    返礼品競争が依然やまないふるさと納税。総務省は抑制策として「返礼品は寄付額の3割以内」とする通知を自治体に出したが、この通知に従った福島県広野町では、寄付額が20分の1に激減した。通知に反した豪華な返礼品で寄付を集める自治体がなお存在し、来、恩恵を受けられるはずの地方の町村が制度に翻弄されるという「ひずみ」が見える。 原発事故後、町独自の判断で避難指示を出した広野町。2012年3月末の避難指示解除後、営農再開を復興の柱に据えた町は15年、ふるさと納税の目玉返礼品としてコメを選んだ。 ふるさと納税では、寄付額に対する返礼品の金額の割合(返礼率)が高いほど「お得感」があり、寄付が多く集まる傾向がある。 広野町では、通常のコシヒカリではなく、農薬の量を減らした特別栽培米を返礼品とし、15年度は、3万円の寄付で「コメ60キロとみそ1キロ」(返礼率58%)を用意。この年は696件(2088万円)の

    ふるさと納税「3割」守ったら…寄付額20分の1に衝撃:朝日新聞デジタル
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    umi1334 2019/02/15
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