2014年7月10日のブックマーク (2件)

  • 【夫婦の日本史】「悲劇の将軍」に見込まれた妻、姑・北条政子とも情愛交わし+(1/3ページ) - MSN産経ニュース

    第65回 源実朝(1192~1219年) 坊門信清の娘(1193~1274年) 鎌倉の武門の棟梁(とうりょう)に、都から「名門の姫君」が嫁いできた。東国の歴史始まって以来の衝撃的な結婚だったのではないか。鎌倉幕府三代将軍・源実朝と、前(さきの)大納言・坊門(ぼうもん)(藤原)信清(のぶきよ)の娘の婚儀である。 元久元(1204)年12月のことである。実朝は13歳で、前の年に元服し、征夷大将軍を継いでいた。一方の信清の娘は12歳。姉が後鳥羽上皇の後宮(こうきゅう)に入っており、家同士の格も釣り合っていた。 この結婚は、実朝が強く望んで実現した。当初、母の北条政子は自分の姪(めい)(実朝には従妹(いとこ))にあたる足利義兼(よしかね)の娘を勧めたのだが、実朝が「都の女性」に固執した。京都の文化にあこがれていたからである。 都の女性で、好き好んで東国に出向く人などいない。実朝の強い要望が後鳥羽上

    【夫婦の日本史】「悲劇の将軍」に見込まれた妻、姑・北条政子とも情愛交わし+(1/3ページ) - MSN産経ニュース
    underthemint
    underthemint 2014/07/10
    同時代に強烈な女性がいたために目立たなかったとはいえ、慎ましくも素晴らしい人物であったにもかかわらず、「お人形のような」などと軽蔑的な表現をした永井路子許すまじ。
  • 反賭博CMで「ドイツ勝利に全財産」、シンガポール啓発運動が誤算

    7月9日、サッカーW杯ブラジル大会に合わせてシンガポール当局が展開している反サッカー賭博キャンペーンが、思わぬ「オウンゴール」で苦境に立たされている。写真右はその広告(2014年 ロイター/Edgar Su) [シンガポール 9日 ロイター] - サッカーワールドカップ(W杯)ブラジル大会に合わせてシンガポール当局が展開している反サッカー賭博キャンペーンが、思わぬ「オウンゴール」で苦境に立たされている。

    反賭博CMで「ドイツ勝利に全財産」、シンガポール啓発運動が誤算
    underthemint
    underthemint 2014/07/10
    これまた派手なオウンゴールだな。