ブックマーク / note.com/ublftbo (2)

  • 科学とニセ科学のはなし|TAKESAN

    可能な限り簡潔に行きましょう。 科学とは何か※ある程度話を簡単にするため、ここでの科学とは、いわゆる実証科学や経験科学と呼ばれる分野に限定する 自然現象や社会現象の構造、因果関係について、調査・観察・実験などから得られたデータを数理的に解析する事で解明・追究する営み、および、それによって構築された知識の体系。 科学の方法調査・観察・実験、などによってデータを集める。データは、専用の機器・器具や、質問紙、調査票によって測定される。測る道具・基準などを、尺度と表現する。 尺度によって得られたデータを、数理的(数学的)方法によって解析する。現象の持つ構造を、数学的な構造を当てはめて表現したり、現象の起こりそうな程度を確率論・統計学によって解析する。 データの解析から導いた理論は、その構造の良し悪しを他の研究者などからチェックされ、また、実際の現象の予測や制御などに用いられ、あるいは、技術的に応用

    科学とニセ科学のはなし|TAKESAN
    vkgofboston
    vkgofboston 2018/02/02
    例えば、光の速度を超えたかもしれない、という後に否定された話があったが、それはニセ科学なのか個人的には区別できない。細々と続く常温核融合とかも。
  • トップの責任|TAKESAN

    山中氏の辞任云々に関する話です。 私は、この議論において、「山中氏が辞任して海外に行くような事は頭脳流出である」とか、「山中氏のような才覚のある人を辞めさせるのは大きな損失である」といったような見かたは「おこなうべきで無い」、と考えています。 問われるべきは、今回の不正行為について、構造的に、トップまで連帯で責任を取るべきものであったかどうか、ただその部分の検討のみであって(他の企業、学会、その他組織における事例の類推などから評価考察する)、トップに備わるその他の属性や、対象が辞任した際の損失の程度、は考慮してはいけない、のではないでしょうか。 たとえば、トップにいる人が、それほど能力も無く、その人が海外に行ったとして日の科学界・科学技術界、にとって大きな損失にならないと見込まれる場合、「まあ別に大した事の無い人だから辞めても(辞めさせても)良いのでは?」とはならない、あるいはなるべきで

    トップの責任|TAKESAN
    vkgofboston
    vkgofboston 2018/01/24
    せやね。能力次第で恣意的なラインが定められるなら一貫性と公平性に欠ける。
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