大円寺に伝わる寺伝によると、この骨仏は、往事の住職であり画僧でもある心岩上人(※)が発案したもので、宿場町の入口にあった地蔵尊の脇に集められていた旅人の遺骨が使われているという。 金沢市にある大円寺人骨延命地蔵尊が安置されている 江戸時代末期、宿場町では、病気や怪我などで亡くなった旅人の遺体を荼毘に伏した後、その遺骨を地蔵尊の脇に集めていた。江戸参りをすることが多かった心岩上人は、誰からも拝まれることのない遺骨を各宿場町で拾い上げ、粉末状にしてから膠(ニカワ)に混ぜて樫の木で造った木像に塗り込んだ。このときに膠に混ぜた遺骨を塗ったのは、顔や首、胸、両手両足とされている。 これが骨物のお姿近づいてみるとかなりの迫力だ 骨仏の高さは、4メートル33センチ。色鮮やかな衣を身にまとっている姿を見ていると、地蔵の姿に似ていることに気づく。これは、宿場町の入口にあった地蔵尊にあやかっているためだ。 提