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ブックマーク / jp.ign.com (5)

  • 「ゼルダの伝説 BtoW」ユーザーインターフェイスのコンセプトは「なければないほうがいいUI」だった

    9月1日に開催された開発者向け技術系イベントCEDEC 2017にて、任天堂企画制作部プログラマーの北山茂寿氏、企画制作部アーティストの長谷隆広氏が登壇した。「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」のユーザーインターフェイス(以下、UI)を担当した両氏は、同作のUIのコンセプトを「なければないほうがいいUI」と表現し、その開発過程を語った。 UIとは、ゲームの世界とプレイヤーの現実をつなぐ境界面だ。同作でいえば、主人公リンクの体力をあらわすハートマーク、地図、タイトルロゴ、さらにはゲーム上に存在するあらゆるテキストまでが含まれる。広義には、ゲームの世界に直接存在しているわけではない情報は、すべてUIの範疇に含まれると言ってよい。 「ゼルダのアタリマエを見直す」という開発全体のコンセプトから、「なければないほうがいいUI」という方向性が編み出された。全体として、これまでの同シリーズの装飾

    「ゼルダの伝説 BtoW」ユーザーインターフェイスのコンセプトは「なければないほうがいいUI」だった
  • 「ゼルダの伝説 BotW」、こうしてオープンワールドの見本となるような作品ができあがった

    「引力」でプレイヤーを誘導 藤林氏は数百名のテストプレイヤーのマップ上に表示された足跡の図を2枚、披露した。その場所を訪れたプレイヤーが多ければ多いほど、足跡はより明るい色で表示される。1枚目の図では街道に沿って進んだプレイヤーが約8割で、残りの2割は積極的に道なき道を進んでいったという結果になり、プレイスタイルが二極化していた。2枚目の図では街道がある場所もそうでない場所も全体的により明るい色になり、プレイヤーの探索の幅が確実に広がった。これらの図はある施策の前と後に行われたプレイヤーテストの結果だが、施策前の多くのプレイヤーの感想は「オープンワールドといえど一道は否めない」、「やらされている感じがする」といったものだったという。 自由にどこへでも進んでいけるオープンワールド型のゲームにおいて、プレイヤーを如何に誘導するのか。これは任天堂にとって初めての試みだったということもあり、様々

    「ゼルダの伝説 BotW」、こうしてオープンワールドの見本となるような作品ができあがった
  • データに紐づくタスク管理ツールで骨組みから作るオープンワールド「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」のプロジェクト運営

    8月31日、パシフィコ横浜で開催されたCEDEC 2017にて「『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』のプロジェクト運営 ~試作から製品までシームレスに!~」と題された講演が行われた。タイトルの通り、今年3月に発売された「ゼルダの伝説 ブレスオブワイルド」(以下「BotW」)の開発を任天堂のスタッフが振り返り、エンジニアとアーティストの立場からプロジェクトマネジメントの秘訣を説明したセッションであった。任天堂がこのような公開での発表を行うことが非常に稀であり、特に今回の発表では任天堂が社内で利用している内製タスク管理ツールが紹介されたのが貴重だ。すべてのスタッフが作品のクオリティにコミットするという任天堂らしい開発スタイルを大規模プロジェクトでいかに実現したか、そのあらましを説明しよう。 まずは登壇者の紹介が行われた。プログラマーの岡村祐一郎氏は「BotW」でシステムアーキテクトを担

    データに紐づくタスク管理ツールで骨組みから作るオープンワールド「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」のプロジェクト運営
  • 「ゼルダの伝説 BotW」にバグが少ない理由

    素晴らしいオープンワールドゲームならいくらでもある。「The Elder Scrolls V: Skyrim」、「ウィッチャー3 ワイルドハント」、「グランド・セフト・オートV」、「Fallout 4」など、巧妙に作り込まれた膨大なスケールのゲームは特に海外のタイトルが多いように思う。それらと比べても遜色のない国産タイトル「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」(以下、BotW)だが、他のオープンワールドゲームより優れている点があるとすれば、バグの少なさなのではないだろうか。僕はハイラルの世界を150時間以上冒険しているが、バグらしいバグに遭遇したのは片手で数えられる程度の回数しかないのだ。 では、なぜBotWはこんなにもバグが少ないのか。「何年も入念に開発してきたからだ」とか「細かいところを丁寧に作り込む日人の職人魂が備わっているから」とか、そんな理由でも片付けられそうな気がするが

    「ゼルダの伝説 BotW」にバグが少ない理由
  • 【電遊奇譚:其一】 身を滅ぼしてまでゲームに打ち込む理由

    死ぬほど不幸になってもいいではないか。 それも人間の可能性のひとつである。 ――ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン『反哲学的断章――文化と価値』 人生をだめにするほどビデオゲームに没頭した経験をもつ人は多くいるだろう。そこからどのようにして生き延びたかが問題だ いまから10年前の2006年のこと、私はもっとたくさんビデオゲームを遊ぶために高等学校をドロップアウトした。これはいい。私はさらに――意識してそうしたわけではないが――それまでにあった交友関係をすべて遮断した。これもまあいい。問題は、それから色々なところでアルバイトとして働き、その店のじゃまをして給料をもらっていたことだ。当時の私がいったい何を考えていたのかは定かではない。確かなのは、ビデオゲームがやりたくて仕方がなかったことだけだ。 そうまでしてやりたかったゲームとは、「Wolfenstein:Enemy Territory」であ

    【電遊奇譚:其一】 身を滅ぼしてまでゲームに打ち込む理由
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