事故が起きたのは3月16日。その約1カ月前、後に事故で死亡した「不屈」の船長から、「平和丸」の船長に操縦依頼の電話があった。ただ、どのような乗客を何人程度乗せ、どのような航路を通るかは知らされていなかった。 「後ろから付いてきてくださいね」。事故当日も、平和丸の船長は、不屈の船長からそう伝えられただけだったという。 船2隻は午前9時20分ごろに出航。異変が起きたのは、午前10時前後のことだった。 「帰りは外洋を回って帰ろう」。不屈の船長は、平和丸船長にそう声をかけた。不屈のスピードが上がり、平和丸は次第に引き離された。 「船つかまなきゃ」「これ落ちちゃわない」。生徒らは、不屈の船長に聞こえるように声を上げ、手すりを強くつかんだ。 だが、不屈の船長は白波に船首を向けて、真っすぐにボートを進めた。午前10時10分ごろ、辺野古崎から東南東の海域で、突然大きな波が発生。この波はしのげたが、直後に左

