私は、インドネシアの西ティモールで文化人類学の調査をしている。貧しい農村から町へ出稼ぎに来ている人々の仕事と生活を追い、彼らが異なる正しさをもつふたつの経済(売買の経済と贈与の経済)を行き来することで、「市場経済からの自由」を維持しながら生活するさまを明らかにしようとしてきた。 調査の過程で、彼らの村の歴史について情報を整理しようと思い、「あの人ならばすべての歴史を知っている」と友人に紹介された老人たちの元を訪ねたことがあった。彼らが幼いころには村で洋服を着る者がごく限られており、10代の子どもでも裸がふつうだったこと、現在ならば1時間ほどで行くことができる最も近い町に数日がかりで歩いて行ったこと、自動車が通行可能な道路が整備されて、町に出稼ぎに出る者が増えていったことなどを聞くことができた。 だがこうした機会には史実に照合しようのない神話めいた物語が語られて、しばしば戸惑うことがあった。