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ブックマーク / sutekibungei.com (13)

  • 自己肯定感の話 ⑲

    「やはり必要だったでしょう?」 そんなティムの声が聞こえてきた気がして、私は心の中で「それははそうなんだけど……!」と返事をしました。 彼のアドバイスで、出発の3日前、航空会社に「可能であれば、祖母のために車椅子を1台お借りしたい」とお願いの電話をしておいたのです。 疲れきった祖母にとって、空港内でも快適に移動することができる車椅子。 来ならば諸手を挙げて「借りられてよかったー!」と言うべきところなのですが、先方が気を使ってチェックインカウンターに用意しておいてくださったのが、まさかの電動車椅子。 私が押さずとも、祖母が手元のレバーで操縦できてしまう優れものです。 だからこそ! 困る! いくら疲労困憊していても、買い物に対する情熱の炎だけは消えない祖母です。 思いのままに車椅子を動かせると知るが早いか、空港ターミナル内に並ぶ店を自ら巡り始めたではありませんか。 ティム~! 確かに車椅子は

    自己肯定感の話 ⑲
    yamadar
    yamadar 2022/11/16
    “「いつも、そのときの自分の最高で、他人様のお相手をしなさいよ。オシャレもお化粧も、そのために必要だと思ったらしなさい。胸を張って堂々と、でも相手のことも尊敬してお相手をする。それが謙虚です」”
  • 自己肯定感の話 ⑱

    「とうとうご出立ですね。お荷物を下までお運びしましょう」 午後二時。 ついにホテルを去るときが来ました。 ティムは、少年のような……いえ、実際10代と思われる、赤い頬をしたベルボーイを連れて来て、彼に私たちのスーツケースを託しました。 そして自分は祖母に腕を差し出し、「では、この旅、最後のエスコートを」と微笑みました。 祖母もすっかり慣れた様子でティムの腕を取り、私はそれを背後から見守りつつ、ついていきます。 この旅の間、何度も見たふたりの背中。 長身をさりげなく祖母のほうへ傾け、祖母にあわせてゆっくり歩いてくれるティムのような気配りを、私もいつかできるようになるだろうか。 数日前にそう言ったら、彼は「それが僕の仕事ですからね」とクールに笑っていました。 でも実際は、絶えず人を観察する訓練をしていなければ、顧客が求めるもの、必要としているものが何か、すぐに気づくことなんてできないと思うので

    自己肯定感の話 ⑱
    yamadar
    yamadar 2022/11/16
    “あのときの祖母の晴れ姿は折に触れ、私の海馬の中で強く輝き続けると思います。 **ロンドンでの祖母の姿を知っているのは、私ただひとり。 祖母の記憶を抱いて、背負って、私は今、生きているのだなあ……”
  • 自己肯定感の話 ⑰

    「では、いただきましょうか」 祖母の厳かな言葉を合図に、私たちはほぼ同時に折詰の蓋を取りました。 おお、という声が、全員の口から同時に出ます。 しかし「おお」には、色々な感情が含まれうるのです。 感動もあれは、それ以外も。 私が当に口走りたかったのは、「レゴブロックみたいやな」という、身も蓋もない印象でした。 そこにあるのは、確かに紛れもないにぎり寿司でした。 ただ、店頭で見た品サンプルとは、だいぶ印象が違うのです。 確かに、にぎり寿司10貫と卵焼き、そして生姜の甘酢漬けことガリの取り合わせには違いありません。 ネタに使われている魚のバリエーションについても、看板に偽りなしです。 板前さんの名誉のために言うと、どのネタもつやつやで、エッジがキリッと鋭く、新鮮そのもの。とても美しかったです。 ただ、致命的に違うのは……お寿司のサイズでした。 イギリスの外のボリューム感に合わせたのか、シ

    自己肯定感の話 ⑰
    yamadar
    yamadar 2022/11/16
    “「ええ、今日のように、マダムの『授業』を日本で受けてみたいものです。……僕はきっと、今日のことを忘れません。スシを食べるたびに、いつもマダムのことを思い出しますよ」”
  • 晴耕雨読に猫とめし

    晴耕雨読にとめし 346 498 椹野 道流 エッセイ 全82話 連載中 #エッセイ# 作品をフォローする 作品をフォローするには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。 目次 履歴書代わりに差し出すなにか。  2021/10/20 01:00 小さい旅に出る。  2021/10/27 02:00 秋深し……?  2021/11/03 02:00 白菜を買いに。  2021/11/10 02:00 殻に閉じこもったあいつ。  2021/11/17 02:00 安らかな眠りを求めて。  2021/11/24 02:00 冬の始まり。  2021/12/01 02:00 日帰り旅、再び。  2021/12/08 02:00 お菓子のうつわ。  2021/12/15 02:00 ルーティンワーク。  2021/12/22 02:00 ぐつぐつな話。  2021/12/29 02

    晴耕雨読に猫とめし
    yamadar
    yamadar 2022/11/16
    素敵なエッセイ
  • 自己肯定感の話 ⑫

    今はもうなくなってしまったロンドン三越は、かつてロンドンの一等地、ピカデリーサーカスにありました。 ロンドン中心部の多くのお店がそうであるように、新築ではなく、古くて重厚な雰囲気の建物の内装だけをモダンにリフォームしてあり、そんなに大きな店舗ではなかったように記憶しています。 でも、とにかく日語がバリバリに通じて便利なのと、品揃えが日人好みでそれなりに幅広く、おまけに色やサイズも日人向けと、とにかく日人観光客がショッピングをしたりお土産を見繕ったりするのに抜群に便利なお店でした。 免税の手続きをフルに手伝ってくれるので心強く、観光についてのアドバイスも親切にしてくれて、ただ買い物をする場所というよりは、日人観光客にとって、回復機能つきセーブポイントのような存在でした。 強いて言うなら、およそ安物を置いていないところが唯一の欠点だったかもしれませんが、そこは伝統と信頼と安心の三越だ

    自己肯定感の話 ⑫
    yamadar
    yamadar 2022/11/16
    “「こういうものはね、他人に選んでもらったこと自体が値打ちなの」「好きじゃなくても、目上の人が確かな目で選んだ本当にいいものを、こういう機会に持っておきなさい。」”
  • 自己肯定感の話 ⑪

    「イギリスでお泊まりするのは、今日が最後だよ」 朝の席で私がそう言うと、祖母は優雅にミルクティーを飲みながら、「あら」と小首を傾げました。 どこで習ったものか、カップの持ち手に人差し指を通すのではなく、持ち手を親指、人差し指、中指で挟むように持っています。 うーん、ロイヤル! そんなところまで、「姫」になりきっているとは。 「もう、そんなにここで過ごしたかしら」 「過ごしましたよ」 「もう少しいてもいいように思うけれど。あと2、3日くらいなら延長しても、ねえ?」 「海外旅行の場合は、そう簡単に日程変更はできないよ。有馬温泉に来てるわけじゃないんだからさ。飛行機の手配とか……ほら、色々と」 私が払ってるわけじゃないけど、お金のこともあるからね! ここ、一泊いくらだとお思い? などという世知辛い台詞は、姫の手前、口にすべきではないでしょう。 曖昧な言いようで延泊を却下した私に、祖母は、「まあ

    自己肯定感の話 ⑪
    yamadar
    yamadar 2022/11/16
    “本当に祖母の希望を叶えてあげたいと思っているなら、そして、ティムに無理なお願いを是非とも聞いてほしいと思っているなら、まずは私自身が熱意を見せなくてはいけないのに。”
  • 自己肯定感の話 ⑩

    夢のようなオリエント急行の旅からホテルに戻ったのは、ずいぶん遅い時刻だったと記憶しています。 「あああ、疲れたわ!」 タクシーの中でも、左右にぐらんぐらん揺れながらあくび連発だった祖母、部屋に辿り着くなり、ベッドに直行、そしてダイブです。 カーペットの上に、エナメルのぴかぴかしたぺたんこが、コロン、コロンと転がっていて、いかにも最後の力を振り絞ってそれだけは脱いだんだな、という風情。 急いでバスタブにお湯を張ったところで、とてもお風呂に入る余裕はなさそうです。 まあ、汗をかくような季節でもなし、明日の朝でも大丈夫。 高齢者の常か、はたまた時差ボケマジックか、祖母はのけぞるほど早起きなので、おめざのお茶を飲んでからゆっくり入浴しても、朝には余裕で間に合うことでしょう。 ただ、晴れ着のままで眠ってしまっては、身体がちゃんと休まらない気がして、私は大の字になった祖母から、一枚、また一枚と苦心

    自己肯定感の話 ⑩
    yamadar
    yamadar 2022/11/16
    「もっと綺麗になれる、もっと上手になれる、もっと賢くなれる。自分を信じて努力して、その結果生まれるのが、自信よ」「まだ若いんだから、今からでももっと努力しなさい。色んなことに」
  • 自己肯定感の話 ⑧

    ロンドンで上演されるミュージカルは数多かれど、やはり劇場の美しさ、音楽とお芝居のわかりやすい素晴らしさにフォーカスすれば、「オペラ座の怪人」がダントツではないでしょうか。 私自身も10代の頃から何度も見てきた大好きな演目のひとつなので、祖母にも自信を持って薦められます。 そんなわけで、お昼寝を済ませて元気いっぱいの祖母と共に、私はタクシーで「ハー・マジェスティ」劇場へ向かいました。 2度の火災と再建を経て、1705年からずっと同じ場所に存在し続けている劇場なのだと出がけにティムから聞いていた祖母は、劇場のエントランスに入るなりこう言い放ちました。 「ロンドンにおける、京都の南座のようなものね! 南座のほうがだいぶ歴史は長いけれど。何しろあちらは、慶長年間に……」 お、おう。 日最古の劇場を比較対象に持ち出すとは、さすが歌舞伎好き。 まさかこの劇場で、南座のルーツともいうべき出雲阿国の興行

    自己肯定感の話 ⑧
    yamadar
    yamadar 2022/11/16
    “「本当に感謝しているなら、具合の悪いことをそのままにしてはだめよ。** 次に日本のお客さんが来たとき、この人が恥をかかないように、優しい思いやりがちゃんと報われるようにしてあげるほうがいいと思うわ」”
  • 自己肯定感の話 ⑦

    「おはよう、バッド・ガール。昨夜はちゃんとタクシーで帰宅したようだね。今後もそうしてほしい」 ホテル滞在3日目の朝、ドアマン氏に挨拶をしたら、笑顔でそんな言葉が飛んできました。 このホテルのスタッフミーティング、情報の共有が完璧すぎるのでは? おそらく、私が夜遊びに出掛けた時刻も帰った時刻も、毎度、スタッフみんなにきっちり把握されている模様です。 しかも、昨夜のお出掛け先は、我等がバトラー、ティムにあらかじめ報告してありました。 「あなたに何かあっても、行き先さえわかっていれば、我々に打てる手があるでしょうから。煩わしくても、教えていただきたいのです」 そう言われたら、「予定は未定です」なんて言えるはずがないじゃないですか。 携帯電話は存在していても、海外で使うなんてことは夢のまた夢だった時代、「前もって相手の居場所を知っておく」ことは、今よりずっと重要事項だったのです。 何だかすっかり品

    自己肯定感の話 ⑦
    yamadar
    yamadar 2022/11/16
    “"Be a little gentleman!"、「小さな紳士であれ」”
  • 自己肯定感の話 ⑤

    最晩年、視力が急激に低下し、何もできなくなって認知症が急速に進んでしまうまでは、祖母はとても多趣味な人でした。 そしてその趣味がことごとく雅でした。 茶道、華道、謡(うたい)、小鼓、人形作り、懐石料理、寺社仏閣巡り、能・歌舞伎鑑賞、骨董品……。 そう、祖母はとにかく美しいもの、豪華なもの、優雅なもの、伝統的なものが好きだったのです。 当然、ロンドン観光も、そうした祖母の美学に添うものでなくてはなりません。 美しいものが、嫌いな人がいて……? どころではないのです。 美しいものしか許しまへんえ、という過激派ララァのような人なのです。 知っていたつもりで、実のところそれをちゃんと理解できていなかった私は、最初の目的地、大英博物館で途方に暮れる羽目になりました。 重厚な建物こそ大いに気に入ったものの、誰もが興味津々のはずのミイラ部屋も、誰もが見たがるはずのロゼッタ・ストーンも、誰もが呆れるであろ

    自己肯定感の話 ⑤
    yamadar
    yamadar 2022/11/16
    “ガラスケースの中の目が眩むような宝石たちに引けを取らないくらい、祖母の目はピッカピカに輝いていました” 素敵だ
  • 自己肯定感の話 ④

    今回の旅行の目的は、祖母姫にロンドンをめいっぱい楽しんでもらい、元気に帰国、いや、帰宅させること。 それはわかっていても、私だって、せっかくのロンドン、自分の時間がほしい! ロンドン在住の友人たちと会いたいし、一緒に遊びたい! でも、祖母が起きているうちは、一秒だって目が離せないことは、これまでの一連の経験で痛いほど理解しています。 ならば、祖母の就寝後、ホテルを抜け出すしかありません。 いや、抜け出さないと、私のメンタルが確実に死にます。 祖母を守るためには、まず私が自分を守らねば。 行こう。行っちゃえ! 後悔先に立たず、ならばゴー! 若さというのは恐ろしいもので、私はロンドン到着当日から、祖母に内緒の夜遊びを始めました。 さすがに、祖母が寝続けると聞いている6時間をフルに使うのはリスキー過ぎるので、私に許された自由時間は、おそらく4時間程度でしょう。1分たりとて無駄にするわけにはいきま

    自己肯定感の話 ④
    yamadar
    yamadar 2022/11/16
    “「どうせわからないんだから」「どうせ伝わらないんだから」「どうせできないんだから」と、悪気がないとしても、つい誰かを蔑ろにしてしまうことがある自分を、** 大いに反省します。”
  • 自己肯定感の話 ②

    すげえなファーストクラス! 語彙が最低限になる空間、それが旅客機のファーストクラスの座席でした。 もっとも、何十年も前の話です。 今みたいに完全に横になれる個室のようなゴージャス空間では、当時はありませんでした。 せいぜい、大きくて座り心地のいい座席がフルフラットになるよ、という程度。それでも、当時はずいぶんと贅沢なことでした。 何より凄かったのは、機内です。 私はアレです、あの四角いトレイに四角い器が細々と並べられ、バッサバサのパンとか、温め直しのときに縁のあたりでソースがガビガビに乾き、かたや添えられたご飯のほうはソースでブヨブヨになったメイン料理とか、クルクル巻かれた状態で固まっている茶蕎麦とか、小さくて四角くて甘すぎるねとねとしたケーキとか、密封されたちょっぴりの水とか、そういうエコノミー席の機内を心から愛しているのですが、ファーストクラスの事は、簡潔に言えば、ただの一流レス

    自己肯定感の話 ②
    yamadar
    yamadar 2022/11/16
    “何ができないかではなく、何がご自分でできるのかを見極めることだと思います。** 時間をかければできるのにできないと早急に決めつけて手を出したりするのは、結局、お相手の誇りを傷つける”
  • 自己肯定感の話 ①

    もうずいぶん昔のことです。 当時、すでに八十歳を超えていた母方の祖母とふたりきりで、ロンドンを旅したことがあります。 何故そんなことになったかというと、ある年のお正月、皆で祖母宅に集まったとき、私がイギリスで過ごした日々の思い出話を親戚たちに求められたのです。 それで問われるままにあれこれ語っていたら、祖母が「一生に一度でいいからイギリスに行きたい。お姫様のような旅がしたい」と言い始め、それを聞いた伯父たちが、それなら資金を出すから私が連れていってはどうか、と言い出したのだったと思います。 高齢者というのはたいてい何かしら気難しいところがあるものですが、祖母も典型的な「プライドが高すぎるめんどくさい年寄り」であり、既にまあまあ認知症も進んでおり、扱いの大変さを知っている母や叔母は強く反対しました。 祖母が海外で体調を崩したりしたら大変、というのが反対の理由でしたが、今思えばむしろ、ひとりで

    自己肯定感の話 ①
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