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ブックマーク / kenmogi.cocolog-nifty.com (10)

  • 茂木健一郎 クオリア日記: あるいは、強くありたいと願っていないと

    毎日新聞のセミナーで講演するために、 北九州市の小倉へ。 小倉は私の母の生まれた土地である。 母が子どもの頃話して くれたことの一端を紹介した。 紙芝居のおじさんがやってきて、 まずは水飴を買うのだという。 割り箸の先の水飴を、もう一の 割り箸をつかってくるくると回す。 最初は透明だった水飴が、次第に 白濁していくる。 一番最初に白くなった子どもが、 もう一水飴をもらえるというので、 子どもたちは必死になって割り箸を くるくる回す。 白くなったと思ったら、「おじさん、 見て見て!」と叫ぶ。 そんな話を、子どもの時によく聞いた。 紙芝居は、水飴を買わないと見ることが できない。 お小遣いがないので水飴を 買えない子どももいる。 おじさんとしては商売だから、水飴を 買わずに紙芝居を見ている子どもがいると、 「だめだよ、あっち行って」という。 それでも、その子どもが電信柱の陰から 紙芝居を見

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    yamikuro1226 2009/02/28
    人は、自分自身が強くないと、 あるいは、強くありたいと願っていないと、 他人に対してやさしくなれない。/村上春樹さんの「卵と壁」のスピーチに 感動した人たちは、この問題をどう考える のだろう。
  • 茂木健一郎 クオリア日記: ニーチェの言葉

    どこで読んだのか、ニーチェの 書いたものの中に、「古代ギリシャの人にとっては、 『専門』という言葉には意味がなかった」 という文章があって、高校生くらいの時に とても感激したのを覚えている。 「専門」などということは、そもそも ないのだと思っている。 たまたま、ある分野の活動を長年にわたって やっていて、その結果精しくなっている ということはあるかもしれないが、 人間としての存在がそれに限定される はずもない。 だから、「脳科学者としてどう思いますか」 とか、「脳科学者としての見解を聞きたい」 などと聞かれると、以前は時折 むかっ腹を立てていたものだった。 何だか、ある特定の目的のために 自分が使われているような 気がしたのである。 最近では、割り切っている。 世間というものは、そもそも、ある個人を 判別する時に特定の旗を立て、それで 認識したがるものである。 自分だって、他人に対してそう

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    yamikuro1226 2009/01/05
    /たまたま、ある分野の活動を長年にわたって やっていて、その結果精しくなっている ということはあるかもしれないが、 人間としての存在がそれに限定される はずもない。何だか、ある特定の目的のために 自分が使われているような 気がしたのである。
  • 茂木健一郎 クオリア日記: ワシントン以来このところ

    ソニーコンピュータサイエンス研究所。 関根崇泰の横に並んで、 関根の論文のMethodsの部分に 手を入れていく。 「関根さあ、methodsは何のために あるかわかっているよね。」 「ええ。」 「お前の実験について全く何も知らない人が、 methodsを見ただけで必要ならば再現実験 ができる、そのように書かなくっちゃならない んだぜ。」 「そうですね。」 「だから、君にとっては当たり前のことに なってしまっていることを、言語化しなくちゃ ならないんだよ。つまり、「暗黙知」を明示的に 示さなければならないんだ。」 お昼頃になって、所眞理雄さんと、 ナターリャ・ポリュルアーフさんが やってきた。 「茂木さん、お昼行かない?」 と所さん。 連れだって、お寿司屋さんに向かった。 混んでいて、所さんはお誕生席に座る。 ナターリャはロシアからやってきていて、 システム生物学を研究している。 いつもつ

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    yamikuro1226 2008/11/27
    お前の実験について全く何も知らない人が、 methodsを見ただけで必要ならば再現実験 ができる、そのように書かなくっちゃならない んだぜ。
  • 茂木健一郎 クオリア日記:  人生は変わる

    科学のもともとの美質は、 「予言ができること」だったはずだが、 決定論的カオスがあるから、 少し私たちの生活に近い領域になると、 もうまったくpredictionができない。 どれだけ科学が発達しても、 自分の人生で、これから何が起きるのか、 予言することなどできない。 まさに、一寸先は闇。 それでも、私たちは何とか生きている。 すごいことであるなあ。 東京大学郷キャンパス。 「顔学会」のシンポジウム。 第一部、しりあがり寿さん、わたせせいぞうさん、 坂未明さんが原島博先生とディスカッション。 第二部、原島博先生が特別講演。 第三部、小笠原敬承斎さん、蜷川有紀さん、 園山真希絵さん、そして私が加わり、 原島博先生とお話する。 三四郎池のほとりを歩いていると、 「おしら様」塩谷賢とふらつきながら ばあばあ言っていた頃を思い出す。 私は学部二回、大学院と郷に 9年間いたことになる。 塩谷

  • 茂木健一郎 クオリア日記: 真理の大海

    下村脩さんがノーベル化学賞を受けられた。 科学に対する関心が、一時的であれ高まっている ことは良いことである。 現代の日は、わかりやすいとか、 簡単とか、そういうことに価値を置く 傾向があるが、当は「難しい」 ということにこそ 心惹かれて欲しいと思う。 おかげさまでたくさん売れている「脳を活かす 勉強法」も、「わかりやすい」という 感想をいただくが、それはそのように書いている からで、よく考えてみれば、当はとても難しい。 ドーパミンが介在する「強化学習」は、 「正解」がない「教師なし学習」。 自分の喜びは、自分で耕すしかない。 このように文字面を見るとやさしそうに 見えるが、よくよく考えて見るととてつもなく 難しい。 「報酬」の源が定まらない状態で、いかに 行動し、人生の軌跡を積み上げていくか。 どうやって仮の「目標を立てるか」・・・。 数理的なモデルを立てないまでも、 そこに奥深い

    yamikuro1226
    yamikuro1226 2008/10/09
    「これはやさしい」と早合点して喜ぶより、 自ら「難しいこと」を探し出し、 じっくりと取り組むことにこそ 価値を置く日本人が もう少し増えてくれたらと思う。
  • 茂木健一郎 クオリア日記: 面白さのしきい値

    ヨミウリ・ウィークリー 2008年10月12日号 (2008年9月29日発売) 茂木健一郎  脳から始まる 第122回 面白さのしきい値 抜粋 私の研究室では、大学院生たちが集まって、週に1、2回ゼミを行う。メンバーが研究の進捗状況を報告する他、それぞれが興味を持った論文を紹介する「ジャーナル・クラブ」をする。「ジャーナル・クラブ」はもともとイギリスで始まった慣習で、論文が掲載される雑誌(ジャーナル)をめぐる会合というような意味である。 論文を他人に紹介するということは、研究者として良いトレーニングになる。内容をきちんと把握していないと、他人に説明ができない。研究の方法やグラフのデータの解釈など、十分に理解していなければ、他人に自信を持って語ることができない。 だいたい、修士に入学してきた頃は、どんな人でも論文を読むのに一週間くらいはかかる。その分野のことを何も知らないし、専門用語を含む英

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    yamikuro1226 2008/09/29
    だいたい、修士に入学してきた頃は、どんな人でも論文を読むのに一週間くらいはかかる。その分野のことを何も知らないし、専門用語を含む英語力も足りないからである。
  • 茂木健一郎 クオリア日記: 稲妻という現象

    ソニーコンピュータサイエンス研究所にて、 脳科学研究グループの会合。 高野委未さんが初めて論文紹介をした。 PHP研究所にて、今度出た 『ひらめきの導火線』と、 9月に出る『脳を活かす仕事術』に関連した 取材。 社会の中の多様性というと、 一人ひとりの属性の多様性を まずは思い浮かべるが、 実際にモデル化しようとすると、 単一の性質をもったユニットの 間の結合関係の多様性に帰着 せざるを得ない。 すなわち、グラフ理論的なアプローチ となる。 実際、脳の神経細胞のネットワークに おいても、各細胞の個性の振れ幅は 限られている。 アインシュタインをアインシュタインにし、 モーツァルトをモーツァルトにするのは グラフ理論的結合関係である。 部分をとれば、そのどこにも 特別なことは起こっていない。 にもかかわらず、ある塊として 見ると、明らかな個性が創発 している。 世の中には突きつめれば 繰り返

    yamikuro1226
    yamikuro1226 2008/08/31
    場合によっては結合関係から 個物が創発するプロセス自体を扱わなければ ならなくなる。
  • 茂木健一郎 クオリア日記: 自発性 

    ソニー国際会議場にて、 ソニー教育財団の評議員会。 佐々木かをりさんに久しぶりに お目にかかる。 隣りの席だったので、 いろいろ近況をお話することが できた。 半導体エネルギー研究所 社長の山崎舜平さん、ソニー教育財団の 青木昭明専務理事など、 さまざまな方とお話する。 ソニーコンピュータサイエンス 研究所へ。 ちょうどお昼時。 私はすでに お弁当をべていたが、学生たちが なんだかひもじそうにしているので、 研究所近くのラーメン屋に行く。 ねぎみそラーメンであった。 ほだされて、お昼を二度いただき。 ゼミ(The Brain Club) 野澤真一が、自発性(spontaneity) について自分の考えを述べる。 自発性について語る野澤真一くん 力学系の軌道から説き起こしたが、 そこで問題になるのは存在論的/力学的 位相と、認識論的位相の関係であろう。 もし、認識論的位相から自発性を 論じ

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    yamikuro1226 2008/03/13
    生命の自発性がもっとも輝くのは、 意識しないでそれをしている時である ように思う。  意識しなければならない時、 あるいはルビコン河をわたるような 時には、純粋な自発性以外のなにものかが 忍び込んでいる。
  • 茂木健一郎 クオリア日記: ワクワクは「進化からの贈り物」

    「今度の台風は、強いままで 来るようですね。」 「これは、間違いなく上陸するな」 「これは、電車がとまるかもしれないゾ」 「風が強くなるかもしれないなあ」 「帰れなくなるかもしれない」 「うわあ、すごい雨になった。」 台風を待ちかまえる人たちの 会話は、なぜか少し楽しそうだ。 災害に見舞われるかもしれないのに まるでワクワクしているようにも 見えるのはなぜか? 危険が迫った時に、ワクワクする ことは、適応的だからである。 いたずらに不安に駆られたり、 恐怖にとらわれたりして いたのでは、いざという時に 的確な判断をしたり、 敏捷に動いたりできない。 ワクワクは「進化からの贈り物」 なのである。 NHK出版へ。 『プロフェッショナル 仕事の流儀』 のでいつもお世話になっている 高井健太郎さん、小林玉樹さん と打ち合わせ。 「茂木さん、コラムを毎回書くの 大変じゃないですか」 「いや、大丈夫

  • 茂木健一郎 クオリア日記: ヘトヘトに疲れちまって

    横浜のみなとみらいへ。 神奈川大学 生涯学習エクステンション講座 の連続講演会 時代を知る―同時代を生きること― で、「脳から見た同時代」という題で 話す。 一時間前についてふらふらと。 ドックヤードがあり、石積みの 内壁が見える。 その風景を見ていて、 「出会い」ということを テーマで話そうかと思った。 カレーライスをべて建物に 入ったら案外ぎりぎりの 時間だった。 フジテレビに移動。 「ベストハウス1、2、3」 の収録。 お笑いの芸人たちの 言葉の空中戦が心地よい。 移動しながら仕事をした。 ハードな一週間だったため、 かなりの疲労が蓄積されていて、 それをムリしてアップに しているから、 ついつい睡魔が襲う。 子どもの頃の夏休みのように、 その時々の状況に没頭して、 ヘトヘトに疲れちまって、 それで石のように眠る。 大人になってもそれでいいんじゃ ないかと思う。 研究室のSocie

    yamikuro1226
    yamikuro1226 2007/07/08
    何もずっと研究のことを考えていろというのではない。あり得ないほどの集中をする時間帯を持って欲しいのである。
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