タグ

ブックマーク / y-ta.net (2)

  • 福岡ではみんなが知ってるあの武士の末裔に江戸時代のことや明治維新後のこと、そして現在のことを色々聞いてみた

    福岡ではみんなが知ってるあの武士の末裔に江戸時代のことや明治維新後のこと、そして現在のことを色々聞いてみました。もはや壮大なドラマを聞いているようでした。 ▲ 今回の主役はこちら(写真右)。どなたかわかりますか? ▲ 長い槍を持ったこのお姿。歴史好きの人であればピンときたことでしょう。 そう、黒田藩の重鎮、母里太兵衛の二十四代目の末裔でいらっしゃる母里忠一さんです。 ▲ 母里太兵衛は「〽酒は呑め呑め呑むならば」の黒田節のモデルにもなった武士で、福岡の玄関口である博多駅や西公園などにも像が建てられている福岡のシンボル的存在の人物です。 ▲ 母里さんを紹介してくれたのは黒田官兵衛にまつわるポータルサイト「官兵衛の」の運営者である森さん。 「官兵衛の」でわたくしY氏と郷土史研究家の岡部定一郎さんとの対談を企画していただいた縁で知り合い、今回も一席設けてくれたというわけです。 ▲ ということで早速

    福岡ではみんなが知ってるあの武士の末裔に江戸時代のことや明治維新後のこと、そして現在のことを色々聞いてみた
  • ご先祖様でググってみたら ちょっとワクワクした話 | Y氏は暇人

    小さい頃に「僕たちのご先祖様はどんな人だったの?」と母に聞いたことがあります。 母の回答は「ただの農家だったから何もないよ」というまあ何とも夢のないものでした。 自分の苗字にも「田」が入っているのでそうなんだろうなと納得しました。(※実際には大名でも「田」が入る人はいます) でも、自分のず〜っと前には確実に自分と血の繋がったご先祖様がいると思うと何とも不思議な気持ちになりました。 江戸時代にも鎌倉時代にも弥生時代にも確実にいたのです。 で、大人になった今でもそういうことを考えたりするのですが、郷土史の研究なんかをしていると特にそういうことを考えます。 「この事件が発生した時、自分のご先祖様は何をしていたのかな?」「無理やり戦に連れて行かれてケガをしたり死んだりしてるのでは?」などと考えて、郷土史の資料の中に名前が出てこないかと期待するわけですが、そもそも苗字以外は知らないわけですから結局は

  • 1