会津藩からみた北越戊辰戦争 *本記事は、幕末ヤ檄団様の09年夏コミ発行の、『明治維新-会津戦争Ⅱ編-』に寄稿させて頂いた記事を転載した物です。 戊辰戦争の際、会津藩は各地に出兵したが、「白河口」や「日光口」の会津藩兵の動向は広く知られているものの、日本海側の「越後口」での会津藩の動向についてはあまり知られていないと言うのが実情だろう。しかし戊辰戦争が始まる遥か前から、会津藩は越後内の利権を狙っており、戊辰戦争が始まったのを契機に、単に国境防衛だけではなく、その利権を狙って会津藩兵は越後に出兵したのである。純軍事的な出兵と言える白河口や日光口とは違い、越後口への出兵は政治的な利権を狙った出兵だったと言えよう。 この項では、そのあまり知られていない会津藩兵の越後口への出兵が、どのような背景で行われ、そしてどのような過程を得て挫折したのかを検証したいと思う。 会津藩の新潟港への野望 領地に海を持