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ブックマーク / note.com/onoholiday (3)

  • 【新型コロナウイルス】を軽視した2020年を振り返る|小野ほりでい

    新型コロナウイルスとともにあった2020年に私たちが知ったただひとつの事実は、よく言われるように、たとえ人類共通の危機にあっても人々は協調するどころか分裂し、仲違いするということだった。私たちの敗因は、ウイルスという見えないリスクへの認識を統一し、それに立ち向かうための共同の文化を形成できなかった点にある。 ウイルスのリスクは、まずその多寡の評価において分裂しており、続いてその[責任]の所在―――発生源である外国にあるのか、対策を怠る政府にあるのか、身勝手な市民にあるのか、あるいは[騒ぎ立てるマスコミ]にあるのか、といった具合に分岐する。 しかし、これらの「イデオロギー的な対立」は表層的なものであり、むしろこのリスクを「イデオロギー的に見る」こと自体がひとつの罠にはまっている。この前提を得るためにそもそもの「文化」の意義を振り返ってみたい。 自然には、人間のいかなる強制もあざ笑うようなさま

    【新型コロナウイルス】を軽視した2020年を振り返る|小野ほりでい
    yuhka-uno
    yuhka-uno 2021/01/08
    この「現実」と「現実界」の話、田房永子氏の言うところの「A面とB面」に似てるかな。→https://twitter.com/tabusa/status/1232993060557967361
  • 非モテは不幸だという呪い|小野ほりでい

    人間ははじめ無能の役立たずとして産声をあげ、そして遅かれ早かれ無能の役立たずになって死んでいくものである。人間の質を有用さと無能さのどちらに置くかで迷ったら、まず後者と考えて間違いないだろう。したがって、私たち人間は大なり小なり自分の無能さを受け容れなければ立ち行かなくなる時がやってくる―――無能な自分に対する否定的感情は、自分自身に対してか、それを転嫁された他人に対する攻撃として結末するだろう。相模原障害者施設殺傷事件などはその結末の一例である。 無能で役立たずな自分に対する愛情を私は自己肯定感と呼んでいる。しかし、無能で役立たずな人間に対する愛情のまなざしを示すもっと普遍的な名前がある。人権である。人権は、どのような人にも変わらない条件で一様に存在している。私が人権を、ほかの何を差し置いても最も偉大な発明だと感じざるを得ないのは、それが存在するという主張なしには存在し得なかったものだ

    非モテは不幸だという呪い|小野ほりでい
    yuhka-uno
    yuhka-uno 2020/10/04
    これは「恋愛依存」「女性依存」の問題だと思う。恋愛依存症になるとまともに恋愛できなくなる。/"『非モテの品格』を読んで考えた、男性が精神科を受診しない理由" https://yuhka-uno.hatenablog.com/entry/2020/07/18/174819
  • いつから恋愛は不可能になったか<ミグタウについて>|小野ほりでい

    中学生や高校の時分には、よく「学生の分は勉強だ」などと勉強以外の遊び、なかでも色恋ざたを咎めるようなことを言われ、大人たちに釘を刺されるものだ。そうして、それを真に受けた学生たちは浮ついた青春を繰り広げる周囲を尻目にを読んだり勉強したりして、今に見ていろ、「将来」こっちのほうが正しかったと分かるんだから、と歯をいしばる。 ところが大人になり、社会に出てみると、我慢したわりに何も楽しいことなどなく、怒られ、馬鹿にされ、非難され、ようやく「これからも暮らせる」程度の金銭が得られる。もしも何か「これのために頑張れる」と思えること、楽しいことや大切なものがあればそのために「暮らせる」かもしれないが、その楽しいことは「分ではない」と学生の時代に置いてきたのだった。慌てて失くした青春を取り戻そうと各々のタイミングで努力を始めるが、そこでようやく気付くのは、大人に恋愛能力などもはやないということ

    いつから恋愛は不可能になったか<ミグタウについて>|小野ほりでい
    yuhka-uno
    yuhka-uno 2019/10/09
    パワハラ・アルハラするなと言われて「もう部下とコミュニケーション取るのは不可能になる」と言う上司みたいな。心配しなくても、他の人はパワハラせずに信頼関係築くし、セクハラせずに恋愛するよ。
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