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2008年12月4日のブックマーク (9件)

  • 自覚せざる自然科学教がまねく歴史修正主義 - 地下生活者の手遊び

    はてなブックマーク - 東はこういうべきだった・公共性と歴史と科学(追記で応答 - 地下生活者の手遊びに再応答。 小ネタエントリはさんだので、新しく応答エントリをたて、さらに突っ込んで考えてみますにゃ。とりあえずのまとめ。 再応答その1 id:wiseler "うん。【私的】な言論において、愚行がまかりとおることを僕も認める。" それを認められない人が、しかも大勢居るのがこの人の提起している問題なんじゃないの?/少なくともビックバンは確定してないです 問題提起はいいんだけれど、認め方が無節操すぎるのではにゃーかと。 ビッグバンは確定していにゃーとしても、まっとうな科学仮説であることは事実。 科学仮説は灰色のものからほとんど確定的なものまであるけど、真理そのものではありえにゃーというところが重要。 科学仮説はあくまで近似であり、その意味において歴史学における学説と地続きなのですにゃ。 再応答

    自覚せざる自然科学教がまねく歴史修正主義 - 地下生活者の手遊び
    zeroset
    zeroset 2008/12/04
    「普段は意識されてにゃー自然科学の特権化が、歴史学などにおける認識論的相対主義の温床となり、南京虐殺のような歴史修正主義を蔓延させる風潮を後押ししているかもしれにゃー」この可能性は考えた事が無かった
  • Free Online Graph Paper / Grid Paper PDFs

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    zeroset
    zeroset 2008/12/04
  • 大蟻食の生活と意見 日記 : 2008.10.10

    宇野常寛「ゼロ年代の想像力」読み中。連載中に読んだのだが、「小さな成熟」に至って凄まじい徒労感を感じ、なかったことにしていたのだ。大幅書き足しをしたようなので何か変わったかと思って買ったのだが、いやもう、そういう問題じゃないね。 宇野氏にしても、宇野氏が目の敵にする東浩紀にしても、結局やっていることはB級グルメである。B級と言ってもどこぞの商店街の肉屋さんのコロッケがうまい、とかそういう、昭和の御代の低回趣味的なB級グルメではなく、すかいらーくとかデニーズとかの話だ。それはまあそれで面白くないこともないのだが、すかいらーくやデニーズを論じることだけがを論じることだと言い始めるからおかしなことになってくる。東氏は歴史的な事例を完全に度外視することでそう言う奇形的な議論を成立させようと試みるし(一遍、ファミレスの調理の革命性を熱く語る東君に、じゃ汁なし担々麺ってどうなの、に類する質問をしたら

    大蟻食の生活と意見 日記 : 2008.10.10
    zeroset
    zeroset 2008/12/04
    佐藤亜紀による『ゼロ年代の想像力』評。「兎も角説教臭い。しかも説教の内容が、人生で必要なことは全て学校の教室で学んだ、だからどうしようもないくらい説教臭い」
  • ジョン・エヴァレット・ミレイ展とバリー・ウインザー=スミス - HODGE'S PARROT

    ジョン・エヴァレット・ミレイ展@Bunkamuraザ・ミュージアムに行ってきた。《オフィーリア》を始め、↓ の Youtube で紹介されている作品の多くを見ることができて、とても満足した。 John Everett Millais 今回の展覧会でとくに印象的だった作品をいくつか挙げると、まず、殉教した聖人を描いた《聖ステパノ》(St Stephen)。オフィーリアとはまた違った死の描写に惹かれた。次に火事の現場から子供を助け出す消防士を描いた《救助》──人物たちが炎に照らされて赤く染まっている。この迫真的な「赤さ」に眼を奪われ、しばらく絵のまえから放れられなかった。それと《露にぬれたハリエニシダ》の幻想的な美しさにもグッときた。この3作品を見ることができて、ちょっとミレイへに対する個人的な評価が変わった感じだ──ま、《マリアナ》のような上流婦人(なんといってもあの「青」だ)や《木こりの娘

    ジョン・エヴァレット・ミレイ展とバリー・ウインザー=スミス - HODGE'S PARROT
    zeroset
    zeroset 2008/12/04
    ミレイの影響を受けたポップ・カルチャーとして、バリー・ウインザー・スミスの名が。小プロから出てた『ウェポンX』は素晴らしかった
  • デリダは何と言っているのか - HODGE'S PARROT

    『生きることを学ぶ、終に』で、ノエル・マメール市長による同性婚容認を「ためらわずに署名によって支持した」デリダが、同書でホロコースト否定論について何といっているか記しておきたい。 ジャン・ビルンバウム──この観点から(大学の無条件的自由に対する絶対的な要求)、ガス室の存在とショアーの現実性を否定する否定論者たちのケースをどのように考えるべきでしょう? ジャック・デリダ──あらゆる問いを提出する権利はあります。その上で、問いに応答する仕方が偽造や明らかに事実に反する断言を言い募ることであるなら、その挙措がもはやまっとうな知や批判的思考に属さないものであるなら、その場合には事情は違ってきます。それは能力欠如あるいは正当化されない道具化であって、その場合には制裁を受けることになります。出来ない生徒が制裁を課されるように。教授資格を持っているからといって、大学で何を言ってもよいということにはなりま

    デリダは何と言っているのか - HODGE'S PARROT
    zeroset
    zeroset 2008/12/04
    「彼が、大量の証拠に反して、これらの批判的問いから、確証され証明された真理の観点からは受け入れられない断言へと移行すると主張するときには、その場合には、彼は能力が欠如していることになります」
  • ニセ科学批判について読んでいく中で出てきそうな人物

    ふま/比ヤング荒らし。 自作自演する。他者を騙る。自他の書き込みをコピペして回る。 一見まともなコメントを残すこともあるが、その意図するところは荒らしである。 a.k.a. うま、室井健亮、apj_yamagata(apj氏とは無関係) etc. 継続的に使用するハンドルネームがある一方、捨てハンドルも多用する。 また、名前欄にハンドルとはいえない文章・タイトルを入れたりする。 例の人、あの方、F、一人永劫回帰氏などと呼ばれることも。 参考: 「ふま」一族の陰謀(と、いっても個人) 論宅/mercaメタぶりっこ。 社会学を標榜する自身のブログに於いて、ニセ科学批判批判エントリを書き続けている。 具体論を避け、的外れな一般論に終始する。人の話は聞かない。 言及を始めたのは2007年夏。他サイトへの書き込みはしないようだ。 書き込み名はmercaだが、論宅と名乗る。 参考: さすがに呆れ果てた

    ニセ科学批判について読んでいく中で出てきそうな人物
  • DIYNOTE - クリアホルダーで作る自分だけのオリジナル手帳

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    zeroset
    zeroset 2008/12/04
    こういうの、実際にやらなくてもついついブクマしてしまう。いらなくなったクリアホルダーに挟んでホッチキスで止めて作る、A4サイズノートのテンプレート
  • ポストモダニズム系リベラリズムとは何か - 瓶治郎の現代詩

    瓶治郎の現代詩

    zeroset
    zeroset 2008/12/04
    「ポストモダニズム系リベラルの理論家であっても、歴史の事実性は分かることのできる範囲で真実を認識するのが当然のことだ。そして、その上で歴史の事実が持つ意味の多様性を認めるのがポストモダニズムである」
  • 『崖の上のポニョ』 - 瓶治郎の現代詩

    今日、池袋で『崖の上のポニョ』を見た。 面白かったけど、宮崎駿の最高傑作と言われるとどうかな。 やはり、最高は『千と千尋の神隠し』のじゃないだろうか? ただ、意外だったのは手書きのアニメーションに原点回帰だとか言って、もっと落ち着いた作風になるのかと思いきや、いつものように一切の手加減なく映像も音楽もガンガンやりまくって、光と音の洪水を浴びせていたところだ。 宮崎は子供のために作品を作っているなどとよく言うが、あれは当に子供のためなのだろうか? もちろん大人には、あのアニメーションそのものの過剰さが面白いところなのだが、帰りのエレベーターでは5歳くらいの女の子が「うるさかった。早く帰りたかった」などと言っていた。 主題や構成も宮崎駿そのものだった。 通俗的には「自然に還ろう。母なる海、初源の海へ還ろう」などという印象が流通している宮崎だが、実際に作品を見ると全くの逆で、その種の自然回帰主

    『崖の上のポニョ』 - 瓶治郎の現代詩
    zeroset
    zeroset 2008/12/04
    「宮崎駿の凄いのは、一見時代性を拒否しているように見えても、実際には現在を描く映画を作ってしまうところだ」同意