世界最古の小説。紀元前750年頃に成立したという。もとは口伝で歌われた叙事詩だが、読みやすい散文調なっている。虚飾を廃した骨太な描写、淡々と語られる悲劇と栄光は、簡素な分、まっすぐ心の臓に届く。 そして心震えた分、形容詞で肉付けしたくなる。エピソードとして切り出し、換骨奪胎・アレンジして語りたくなる。舞台や映画だけでなく、SFやオマージュの"元ネタ"として有名なのは、「私ならこうする」誘惑に満ち満ちているからだろう(ダン・シモンズの「イリアム」なんて典型)。「イリアス」は、翻案や改作で自己増殖を促す物語、つまり伝染(うつ)る物語なのだ。 ストーリーは、この上もなくシンプルだ。トロイア戦争十年目の戦闘が延々続く。ただしこの戦争、ゼウスをはじめ神々が介入してくるからややこしい。どの神が誰に肩入れして、どんな風に助力したか、微に入り細を穿つ。飛来する矢に息を吹きかけ落としたり、槍をホーミングさせ