司馬遼太郎が大村益次郎(村田蔵六)を描いた「花神」という小説について、本筋から離れたところで少しだけ触れたい。 「花神」の冒頭に、司馬遼太郎と大阪大学教授・藤野恒三郎教授との会話の中で、藤野教授がこう言っている場面がある。 「大村益次郎とシーボルトの娘の関係、あれは恋でしたろうね」 そして、藤野教授はもう一度、自問自答するように、こう言う。 「私は、恋だったと思います」 村田蔵六の似顔絵を見ると、額が広く眉が太く間違っても男前ではない。しかも無口で、とびきり無愛想だったと伝えられている。 「シーボルトの娘」というのは、長崎出島で鳴滝塾を開き高野長英らの師でもあったドイツ人医師・シーボルトと日本女性との娘・楠本イネのことである。イネは蔵六にオランダ語を学び、後に日本人で初めての西洋医学を学んだ産科医となった。 イネは生涯独身だったが、娘がいた。この娘は、医学の師であった石井宗謙に無理やり一度