岡本喜八の「大誘拐」を初めて見たのは小学生の頃だった。まだ映画をテレビで放送していた時代で、夜のロードショーで見たのだ。 映画の中で、老婆が指を一本立てる。「100億や」。 緊張感が破裂して、滑稽さに踏み込む。その瞬間のことを、よく覚えている。緊張、解放、滑稽、子供がそれら全部を一瞬で受け取ったのだから、岡本喜八の罪は重い。 ところであの頃、私の最大の不幸は自転車を買ってもらえないことだった。祖父のママチャリがある、それに乗ればいい。親の論理はそういうものだった。バックミラーのついたママチャリで仲間の輪に駆けつける少年の情けなさを、親は理解しなかった。少年のほうも、その情けなさを気にせずにはいられなかった。それが私という少年だった。 あの当時、自転車を持たない少年にとって、家庭の秩序は暗い影のようだった。どこにいても、誰といても、何か甘暖かく柔らかいものが、頭の上を覆い隠しているような気が

