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ブックマーク / seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com (3)

  • 或るトンデモ支持者の履歴――科学的懐疑主義に目覚めるまで(2011年7月19日追記) - Interdisciplinary

    ばらこさんのエントリー⇒サイエンスコミュニケーションで素人にできることを考える(改題)(2) - ばらこの日記 3)もし、自分が過去にトンデモな情報を信じていたとか、信じるだけでなくて他の人にも自信満々発信していたとか(私です)そういうことがあれば、そのプロセスをできる範囲で言語化し公開する。それは必ず同じ轍を踏む人が立ち戻る際の参考になる。だまされる人が減れば「だまされる人を減らす」ために費やされているエネルギーをもっと生産的な方向に振り向けることができる。 この部分について、私自身を例にして記述します。今まで何度か書いてきましたが、時系列に沿ってまとめて書いてみましょう。 特に普遍性も無く、そのまま他者の参考になるものでもありませんが、トンデモ的言説に親和的であった人間の変遷の事例として見てもらえれば良いかと思います。 ※ここで「トンデモ」とは、オカルトや超能力、ニセ科学的な言説の総称

    或るトンデモ支持者の履歴――科学的懐疑主義に目覚めるまで(2011年7月19日追記) - Interdisciplinary
  • 科学とは何か――森博嗣の見方 - Interdisciplinary

    まず、科学というのは「方法」である。そして、その方法とは、「他者によって再現できる」ことを条件として、組み上げていくシステムのことだ。他者に再現してもらうためには、数を用いた精確なコミュニケーションが重要となる。また、再現の一つの方法として実験がある。ただ、数や実験があるから科学というわけではない。 個人ではなく、みんなで築きあげていく、その方法こそが科学そのものといって良い。 森博嗣 『科学的とはどういう意味か』 P107 森博嗣による、「科学とは」「科学的とは」どういったものか、に関して自らの経験に基づいて書かれたエッセイ。言わずと知れた「理系作家」の書いたものであり、個人的にも一番好きな作家であるので、刊行前から注目していた。 書では、エンジニアとしての森(彼は自身を「科学者」とは言わない)の、大学教員としての生活――教育や研究の経験――などが踏まえられ、「科学」とはどういったもの

    科学とは何か――森博嗣の見方 - Interdisciplinary
    Itisango
    Itisango 2011/07/04
  • 内功を科学的に見てみる - Interdisciplinary

    亭さんのコメントへのレスです。 多分これは、日武術とも関わる問題でもありますね。とっても興味深く、質的な議題です。 中国武術の体系を深く勉強した訳では無い立場の者が語るのはおこがましいですが、少し私見を。 科学的な視点を交えて考えてみると(ちょっとややこしいかも知れません)。 内功は、一般に、自身の身体の気の流れにアプローチし、コントロールする体系と言う事が出来ると思いますが、これを、心理学、あるいはバイオメカニクス(生体力学)的観点から見てみると、身体に意識を向ける事によって、体性感覚等の体の「感じ」を知覚し、それを手掛かりにして身体運動システムを制御していく方法を体系化したものである、と考える事が出来ると思います。 人間は、視覚・聴覚情報優位の動物の訳ですね。だからどうしても、体性感覚的な情報は、無意識的な処理に任せてしまう傾向がある。たとえば、どの筋肉がどのくらい収縮していま

    内功を科学的に見てみる - Interdisciplinary
    Itisango
    Itisango 2010/04/21
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