文化とは淘汰の努力の到達点である。淘汰とは、除去であり、刈込であり、清掃であり、本質を裸にむき出し、はっきりさせることである ──ル・コルビュジエ このせまいこころの檻も こわして自由になりたいの ──きゃりーぱみゅぱみゅ むくり。それは突発的にやってくる。あっ、と思う。眠れる獅子が目を覚まそうとしているのだなという予感。からだじゅうの血の気がサーッと引いていくのを感じるとともに、ダムが決壊して押し寄せる激流の轟音が聞こえてくる。むくり、むくり。いまは駄目だ。いったん落ち着け。まわりのひとに見られるかもしれないぞ。頭では理解していても、昂(たかぶ)る気持ちはそうやすやすと鎮まらない。手や足と同じく、それ自体は間違いなくじぶんのからだの一部分であるのだけれど、こんなふうになってしまったときには、私とは別の生きもの(もうひとりの〈私〉?)を股下にぶら下げているかのような居心地の悪さをおぼえる。