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宮崎駿監督 スタジオジブリの宮崎駿監督(70)が28日、自ら企画したアニメ映画「コクリコ坂から」の主題歌を発表する記者会見で東日本大震災について思いを述べた。 「埋葬も出来ないままがれきに埋もれている人々を抱えている国で、原子力発電所の事故で国土の一部を失いつつある国で、自分たちはアニメを作っているという自覚を持っている」と話し、「今の時代に応えるため、精いっぱい映画を作っていきたい」。 「残念なことに、私たちの文明はこの試練に耐えられない。これからどんな文明を作っていくのか、模索を始めなければならないと思う。誰のせいだと言う前に、謙虚な気持ちでこの事態に向き合わねばならない」と述べた。 また、「僕たちの島は繰り返し地震と台風と津波に襲われてきた。しかし、豊かな自然に恵まれている。多くの困難や苦しみがあっても、より美しい島にしていく努力をするかいがあると思っている。いま、あまりりっ
1 :おじいちゃんのコーヒー ◆I.Tae1mC8Y @しいたけφ ★:2011/03/28(月) 20:55:54.64 ID:???0 スタジオジブリの宮崎駿監督(70)が28日、自ら企画した アニメ映画「コクリコ坂から」の主題歌を発表する記者会見で東日本大震災について思いを述べた。 「埋葬も出来ないままがれきに埋もれている人々を抱えている国で、 原子力発電所の事故で国土の一部を失いつつある国で、自分たちは アニメを作っているという自覚を持っている」と話し、 「今の時代に応えるため、精いっぱい映画を作っていきたい」。 「残念なことに、私たちの文明はこの試練に耐えられない。これからどんな文明を作っていくのか、模索を始めなければならないと思う。誰のせいだと言う前に、謙虚な気持ちでこの事態に向き合わねばならない」と述べた。 また、「僕たちの島は繰り返し地震と台風と津波に襲われてきた。しかし、
福島第一原子力発電所の事故を扱った朝日新聞出版発行の週刊誌「アエラ」3月28日号が、風評被害を広げると批判された問題で、同誌に随筆を連載してきた劇作家・演出家の野田秀樹さん(55)は、28日発売の4月4日号で連載を自ら降りることを明らかにした。 野田さんは、「ひつまぶし」と題した随筆の中で、「アエラ」28日号が表紙に「放射能がくる」と見出しを付けたことなどを疑問視し、「刺激的なコピーを表紙に使い人々を煽(あお)る雑誌だったとは気がつかないでいた」、「このアエラの『現実』に対する姿勢への不安が消えません」などと降板の背景を説明している。 朝日新聞出版は野田さんの指摘について、「(表紙に)恐怖心を煽る意図はなく、原発事故の深刻さを伝える意図で掲載しました」としている。
作家の林真理子さん(56)が震災後に書いたブログの内容が、ネット上で話題となり、のちに該当の記事が削除、「お詫び」も出された。 該当の記事(現在は削除)は、東北関東大震災の発生から2日後にあたる2011年3月13日の昼過ぎに書かれたものだ。余震におびえながら暗い気持ちでいると打ち明けたあと、12日の夜、夫と寿司店に行ったことに言及した。 不謹慎か、問題視するほどでないか それによると、寿司ネタのうちウニや貝など多くは北海道や東北からのもので、店員からは「最後のお魚ですね」「当分船が出せないでしょう」と言われ、林さんは「元気を出そうと思って行ったお鮨やさんで、また(地震の)現実をつきつけられた感じ」とブログで感想を述べている。 このブログ記事に対して、インターネット掲示板「2ちゃんねる」などで、ブログの内容は「不謹慎では」という声があがった。書き込みには「(店に)行っても構わないけど黙っとけ
1 空挺ラッコさん部隊ρ ★ 2011/03/28(月) 16:58:11.95 ID:???0 東京電力福島第1原発の事故で、高濃度の放射性物質が土壌などから確認された 福島県飯館村の汚染レベルが、チェルノブイリ原発事故による強制移住レベルを超えているとの試算を、 京都大原子炉実験所の今中哲二助教(原子炉工学)がまとめた。 飯館村は原発から北西約40キロ。今中助教は、原発の状況が分からず被災地各自の 事情もあるとした上で「避難を考えた方がいいレベルの汚染。ヨウ素やセシウム以外の 放射性物質も調べる必要がある」として、飯館村で土壌汚染を調査する方針だ。 文部科学省の調査で20日に採取した土壌から放射性のヨウ素1キログラム当たり 117万ベクレル、セシウム16万3千ベクレル、雑草からヨウ素254万ベクレル、 セシウム265万ベクレルが確認された。土壌中のセシウムは通常の1600倍以上だ
政府の原子力安全委員会の班目(まだらめ)春樹委員長は28日の参院予算委員会で、東日本巨大地震発生の翌12日に菅首相が東京電力福島第一原子力発電所を視察したことについて、「首相が『原子力について少し勉強したい』ということで私が同行した」と明らかにした。 首相は12日朝、ヘリコプターで同発電所を訪れ、約50分滞在して東電職員らから状況の説明を受けた。 この視察で東電の初動対応が遅れたとの指摘が出ている。班目氏は「現地で首相が行ったことで何か混乱があったとは承知していない」と述べたが、「勉強目的の視察」に改めて批判が出る可能性もある。
東電、炉の気体放出渋る=原発事故当初−枝野長官が説明 東電、炉の気体放出渋る=原発事故当初−枝野長官が説明 枝野幸男官房長官は28日午前の記者会見で、東日本大震災で被災した福島第1原子力発電所の事故発生当初、被害拡大を防ぐため菅直人首相が東京電力に対し、放射性物質を含む気体を原子炉から抜く作業を速やかに行うよう指示したものの、東電側が直ちには対応しなかったと説明した。「将来検証が必要だ」とも語った。 原発事故の対応をめぐっては、首相が事故発生の翌12日朝に福島第1原発を訪問したことが、初動の遅れを招いた可能性があるとの指摘も出ている。 会見で枝野長官は、12日午前1時半には首相と海江田万里経済産業相が(炉の気体を抜く)ベントを急ぐよう指示したと強調。さらに「(12日)午前3時ぐらいにはベントが始まると想定していたが、首相が(福島第1原発に向けて)出発する6時台になっても始まっていないと
枝野幸男官房長官は28日午前の記者会見で、11日に東日本大震災の発生した翌日に菅直人首相が福島第1原子力発電所を訪問したことが、応急措置の遅れにつながったとの一部の見方を否定した。応急措置は放射性物質を含む蒸気を排出する「ベント」で
昭和20年太平洋戦争での敗戦。終戦後、砂糖の統制が解かれてまもなくの頃、 旧忍藩十万石の地「行田」にその忍藩自慢のお米の形をしたしっとりと白い肌のまんじゅうが産声をあげました。 行田名物として「十万石まんじゅう」と命名。 敗戦から這い上がるためには、本物しかないと先代が作った一品でした。 昭和28年、世界的な板画家「棟方志功先生」は人々に、その真価を認められていませんでした。 先生と親交を深めていた行田市の渥美大童先生(書道家)のご紹介により、いちはやく先生の作品に接した若き日の先代は、「これだ!」「これからの菓子屋は先生のこの人間味あふれた暖かさ、そしてバイタリティが必要だ。」と開眼。 さっそく、「十万石まんじゅう」を小脇に抱え、先生のもとを尋ね、「是非、このまんじゅうを食べてみてください。」と差出したと言います。無類の甘党だった志功先生は「あんたが作ったのかい」と一口食べ、一気に5個も
経済産業省原子力安全・保安院が、震災当日の十一日夜、東京電力福島第一原発事故に関して、三時間以内の「炉心溶融」を予測していたことが二十七日、分かった。また翌十二日未明には放射性ヨウ素や高いレベルの放射線を検出、原子炉の圧力を低下させる応急措置をとる方針が決まったが、実現するまでに半日も要した。政府文書や複数の政府当局者の話で判明した。
_ [311]上見る下見る地震後の生活について語るとき、「被災地の方に比べればこのくらいなんでもないんですが」と付け加えるのが、お約束のようになっている。 まったくそのとおりで、わたし自身もそのように感じている。毎日明るい場所で温かい食べ物を好きなだけ食べ、お酒を飲み、暖かいベッドで眠っているのである。プライバシーもある。仕事もある。この先どうやって生活していくのかという不安に押しつぶされることもない。なにより、家族みんなが元気でそばにいる。 被災した方たちは、これらのものを一瞬にして奪い去られてしまったのだ。 わたしが被っている多少の困難は、ガソリンがなくてバスや自転車を使って、いつもより時間と労力をかけて移動したり、計画停電に振り回されて仕事に支障をきたしたり、という程度のことで、困難というより不便という程度である。いくらでも笑ってやりすごすことができる。 しかし、被災者のつらさに感情
そのまんまな話でありますが。 氏家齊一郎・日本テレビ会長――地上波テレビが強い日本では、ネットは脅威にならない(1) http://www.toyokeizai.net/business/interview/detail/AC/cf127785b28b80153293262b4203c430/ この手の経営者の発言を見るときに見出しを読んで「日テレって現実見えてねえwww マスゴミ終わったなwww」とか煽られがちではあるんですけれども、実際にはもう少し違う読み解き方になるんだろうなあとは思います。 [引用]――そうした再編はキー局が主導するのでしょうか。 厳しくなることがわかってはいても、予防的な形で再編を進めることはできないと思う。その地域の中で、音を上げるところが出てきて、それをどうやって助けるか、ということで議論が始まるはず。わかってはいても、なかなか戦略的な再編はできない。それが日
本日(28日)、東京で桜(ソメイヨシノ)が開花したと、気象庁より発表がありました。 東京の桜の開花の基準は、靖国神社にある標準木を基準に行われていて、 全体で5~6輪程度咲いたときになっています。 こちらは、先程の東京・池袋の公園での桜です。 開花が始まっています。 東京の桜の開花は、去年より6日遅いですが、平年並になっています。 日本気象協会では、東京の桜の満開を平年より2日遅い、4月7日(木)と予想しています。 西からやってきた春の便り、 これからは、北に向かって北上していきます。 日本気象協会では、 4月7日に、銚子市(千葉県) 4月11日に、いわき市(福島県) 4月12日に、福島市、大船渡市(岩手県) 4月14日に、仙台市 4月17日に、山形市 4月19日に、秋田市 4月22日に、盛岡市 4月26日に、青森市 での開花を予想しています。 詳しく
氏家斉一郎さん 日本テレビ会長で、元日本民間放送連盟会長として放送界で強い指導力を発揮した氏家斉一郎(うじいえ・せいいちろう)さんが28日、多臓器不全のため東京都内の病院で死去した。84歳だった。葬儀は近親者で行い、後日、日本テレビがお別れの会を開く予定。 東大経済学部卒業後、51年に読売新聞社に入社。経済部長、広告局長などを経て、日本テレビ副社長に転じる。92年から社長。94年にはフジテレビから、ゴールデンタイムなど三つの時間帯で視聴率がトップとなる「三冠王」の座を奪取する。01年から会長を務め、05年に取締役会議長となるが、09年に会長に復帰した。 96年から03年まで、日本民間放送連盟会長を務めた。個人情報保護法などメディア規制三法に反対し、「表現の自由」を訴えた。放送界の自主自律を守ろうと、第三者による自己査定機関として「放送倫理・番組向上機構(BPO)」の設立に尽力した。
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