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ブックマーク / finalvent.cocolog-nifty.com (52)

  • 安倍首相の「断腸の思い」は私には伝わった: 極東ブログ

    私は、いちおう述べておけば、自民党支持でもないし、安倍晋三首相の支持者でもない。ただ、それでも、彼を擁護するかに聞こえる発言をしようものなら、それだけで批判されるという昨今のネットの空気も知っているが、これは、書いておこうかと思った。 北朝鮮の国家組織による犯罪行為として、1977年(昭和52年)11月15日に、袋詰と思われる非人道的な方法で拉致された13歳の女子中学生・横田めぐみさんの父、横田滋さんが5日老衰で亡くなった。無念であっただろうと思う。 これを受けて安倍首相は、記者団に対し、思いを述べたのをNHKニュースで私は見た。曰く、「総理大臣としていまだにめぐみさんの帰国が実現できていないことは断腸の思いであり、申し訳ない思いでいっぱいだ」と。涙は流していないが、詰まらせている声はいつも喋り下手ではなく、涙が出そうな感情をこらえているように見えた。もちろん、これは私の主観である。が、彼

    NOV1975
    NOV1975 2020/06/07
    もう断つ腸がない程度にはカジュアルに使ってるからなあ
  • もし、緊急事態宣言がなかったらどうなっていたか? (追記あり): 極東ブログ

    もし、緊急事態宣言がなかったらどうなっていたか? 最初に明確なことがある。私にはわからないし、私には強い主張はないということだ。しかし、ある程度確かな典拠から推測できることはあるので、ブログにいち市民の歴史証言として記しておきたい。 その「ある程度確かな典拠」となるのは、政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議が 5月14日に発表した「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(参照PDF)での以下のグラフ「全国の実効再生産数 P4 発症日データを用いた推定、P5 発症日を特定できない感染者も含めた推定」である。 グラフで示されていることは次のとおり。「黄色の棒が感染時刻(日)別の推定感染者数であり、青の実線が推定された実効再生産数であり青の影が 95%信用区間を示す。感染から報告までの遅れの 80 パーセンタイルを考慮して全国では4月29 日以降、各地域では4月 30 日以降の推

    NOV1975
    NOV1975 2020/05/21
    緊急事態宣言は少なくともオフィスワークの企業が大きく動くトリガーとしては世間の空気を是認なんていうもんではなかったのでは?
  • 都立高校が塾を導入する: 極東ブログ

    都立高校に進学塾TOMASの個別指導塾を導入するというニュースを見かけた。公立校のなかに民間企業の進学塾が入る。個別指導とはいえ、指針がそこに集約されれば、結局、公立校で学ぶことが塾で学ぶことと同じになると言っていいかもしれない。 理由は、都立高では進学指導が十分に行えないから進学塾に外注するということだ。だったら、そもそも公立校って要らないんじゃないかとちょっと飛躍したことを思い、少し考え、そうかもしれないとも思った。 正確に言えば、すべての都立高に進学塾の個別指導が導入されるわけではない。最初は実験的に2校だけ。だが、この動向はたぶんもう止まらないだろう。というのは、すでに私立高校ではこの動向が大きくなっているからだ。その意味で、現下の高校教育を知っている人にしてみると、このニュースは、まあ、つまり、そうなるよねとしか思えない。すでに実質導入しているに近い公立校もある。 私はこの分野に

    NOV1975
    NOV1975 2019/04/22
    この件についてはNPOが無料で支援するから学校使わせて、の嘆願が長年通らず、いきなり企業の有料の活動に学校を使わせるという流れがあるらしいが。
  • トロッコ問題の大喜利化と倫理のAI化と大喜利的提案: 極東ブログ

    衆知というものも痴呆症の傾向があるのか、毎年ということでもないが、一定の周期で、トロッコ問題が大喜利化する。これはどういうことなんだろうかと考え、その先にけっこう悲観的な未来を思い描き、うっくつした心理の解消に大喜利みたいなことを私も考えてみた。 まず、トロッコ問題とはという話を簡単に説明しておくと、これは、思考実験の一つである。思考実験というのは、現実には存在しないが、仮に存在するとしたらどうか考える、というものだ。そして、その大喜利化の基原則は、思考実験をしない、あるいは、思考実験をくさして笑いを誘うということだ。 トロッコ問題の基形はこうだ。暴走するトロッコの軌道上に5人の作業員がいて、そのまま放っておけば5人はトロッコに轢き殺される。が、あなたはその軌道上の分岐器を操作できる。そしてトロッコを他の軌道に切り替えられる。が、そちらの軌道上には、もう1人の作業員がいて、切り替えると

    NOV1975
    NOV1975 2019/04/19
    トリアージも出来ない上に、崇高な自己犠牲は生きがい搾取と非難されるこんな世の中では予防接種は受けないよね。的な。原爆の問題は落とす落とさないが結果に直結していると言い難いのでなんだかなあ。
  • 上野千鶴子・東京大学名教授の東大入学式祝辞への違和感: 極東ブログ

    ネットを漫然と見ていると、上野千鶴子・東京大学名教授の東大入学式祝辞の話題が流れてきた。というか、なにか話題らしいという様子が伺われた。すでに喧々諤々といった雰囲気も感じられた。こういうときは、原文を読んでみるに限る。ということで、該当の祝辞を読んでみた。 読んでみて思ったことは、論点としては私の関心を引く部分はなかった。ということが、まず最初の違和感だった。なんでこんな話が話題なのか?という違和感である。上野千鶴子さんらが言いそうなことが書いてあっただけに思えた。 一点、これは違うなということもあった。 そういうわけで、自分の関心事ではないので、それはそういうものかというふうに過ごしていたのだが、しばらくすると違和感は大きくなっていった。そしてその違和感はネットで共有される視点とも違うように思えたので、ブログのネタに書いてみる。 「これ東大生の印象と違うなあ」ということ 上野千鶴子さんの

    NOV1975
    NOV1975 2019/04/14
    うーん、、強いて言うなら、僕の年代の時にこの祝辞ならものすごい批判を浴びると同時に絶賛されるべきなんだと思うんだよな
  • 「就職氷河期」なんてあったんだろうか?: 極東ブログ

    このブログを事実上お休みしている間、『とある私の平成史(仮)』というを書いていた。まだ書き上がっていない。いつ書き上がるかもわからない。そもそも書き上がるかどうかもわからない。書き上がったら、出版したいとは思っている。ありがたいことに期待してくれるお声もあったりする。 で、まあ、とりあえず、執筆は「平成5年」に入ってきたのだが、そこで「就職氷河期」が項目になる。そこで、あらためて「就職氷河期」を考えてみたら、これって当にあったんだろうか?と疑問に思えてしまった。 「就職氷河期」なんてあったんだろうか? ないわけないでしょ?と言われそうだが、就職しづらかったとか、正規雇用になれなかったとか、そういう個別の状況がなかったとは当然、言わない。それはあった。そうではなく、「就職氷河期」という言葉でまとめられる事態があったのかということだ。いつの時代にもどこの社会にある「就職難」というだけのこと

    NOV1975
    NOV1975 2019/04/07
    企業の社員の人口ピラミッド見てみれば一目瞭然では?
  • 「令和」の違和感: 極東ブログ

    「令和」の違和感について、2点ほどブログに書きこのこしておきたい。最初に言っておくと、この新元号をくさす意図はないので、ご安心をというか、ご期待に添えずというか。 なぜ、「令和」は「れいわ」で「りょうわ」じゃないのか まず第一点目に、なぜ、「令和」は「れいわ」で「りょうわ」じゃないのか? 自分も当初疑問に思ったし、ネットでも疑問の声があるわりに、解答がないので、解答を書いておこうと思った。では解答。 「令」の字に「りょう」という読みはありません というのは、ブログっぽい釣り風味なんで、正確に言い直そう。 「令」の字に常用漢字表では「りょう」という読みはありません そう。ないのだ。 日政治制度の基となった「大宝律令」は、「たいほうりつりょう」。これは、小学生でもそう学ぶと思うので、「令」は「りょう」という読みがあるのは知っている人が多い。 しかも、万葉集の時代、奈良時代の漢字は、呉音で

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    NOV1975 2019/04/03
    読めちゃう、というのが違和感あるのはたしかにそうかもね。
  • やまもといちろう氏のツイッターアカウント凍結で思ったこと: 極東ブログ

    ブログの話題でもないかもしれないし、私が取り上げる話題でもないだろう、そもそもそれほどたいした話題でもないんじゃないかか、と思い数日過ごしていたが、日のブログのブログの歴史を振り返ってみると、というのも大げさだが(アルファブロガーなんちゃら)、案外私もコメントしておいてもいいかもしれないと思い直し、わずかだが、やまもといちろう氏のツイッターアカウント凍結で思ったことを簡単に書いておく。凍結というのは、発言禁止ということ、「おまえここでこれ以上、つぶやくなよ」ということ。なお、気取るわけでもないが、この話、あくまで日のブログ史の資料程度ものであって、同氏への関心というものでもないので、そこはそういうことで。 そもそもこれがニュースなのか、つまり、ツイッターのいちアカウント凍結がニュースなのかというと、普通は、その凍結された人の重要性が問われるだろう。そうした意味で、やまもといちろう氏が、

    NOV1975
    NOV1975 2018/07/27
    感覚的にわりと同意できるエントリだな。
  • 森友問題の現状についてブロガーのいち見解: 極東ブログ

    森友問題の現状について、自分の考えを、アウトラインだけだが、まとめておきたい。自分の考えが正しいとも、強く主張したいというものではない。当然、異論は多いだろうと思う。また、誤認もあろうだろうと思う。あくまで、こういう考える人がいるという程度のものである。ブログというのは、その程度のものである。なお、森友問題の解説記事ではないので、基的な説明は含めない。 昭恵夫人の関与はないだろう 昭恵夫人の活動は賛同できないものが多いが、今回の件では、構図的には籠池容疑者に利用されただけで、経緯を見る限り彼女の影響力があったようには見えない。また、今回削除された文書での彼女の名前の記載も籠池容疑者の伝聞に過ぎない。彼女を国会に呼ぶ理由は現状ではない。 政治家の関与はあったかは個別には不明 文書の削除部分にある政治家についても概ね関与はないと思われるが、各政治家の個別の背景についてはわからない。が、安倍首

    NOV1975
    NOV1975 2018/03/15
    手術をすれば病気は治るが体力は落ちる。しないと民主主義が死ぬかもしれない。そう言う局面だと思ってる
  • ためらいながらではあるけど: 極東ブログ

    人と限らず多くの人がフィギュアスケートの羽生結弦選手の活躍を賞賛しているなか、こういう意見を述べるのも、悪意のように取られるのではないかと恐れるが、自分としては若い選手の将来を思ってこういう意見もあるという、一つの小さな例として、ためらいながらではあるけど、書いておきたい。繰り返すが、こう思う人もいるというくらいの些細なブログ記事であり、強く望むという大それた主張ではないし、私はたぶん間違っているのだろうという疑念もあるので、そこは理解していただきたいと願う……私は羽生結弦選手は平昌冬季オリンピックに出場しないほうがよかったと考えていた。 理由は、NHKスペシャル『羽生結弦 五輪連覇への道』を見たおり、昨年11月の怪我が深刻なものに思えたからだ。同番組では「自らの限界を超えて五輪に挑もうとする羽生結弦」というトーンで推していたが、そしてそれ自体はスポーツ選手として素晴らしいことではある

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    NOV1975 2018/02/20
    大変良くわかる一方で、一流であればあるほど人生のピークが前半戦に来てしまうのがスポーツ選手というものではあるよね(最近の野球はともかく)
  • 2016年の参院選についてたぶん、どうでもいい話: 極東ブログ

    さて、2016年の参院選についてたぶん、どうでもいい話なのだが、自分の住んでいる東京選挙区で誰を選ぶかというのはとても悩んだ。比例の政党としては、金融緩和政策をもう少し進めてほしいし、それができそうなのが安倍首相率いる自民党しかなさそうなので、「自民党」とした。よく誤解されるが、特段、自民党支持者ということではない。そう言っても通じない人には通じないだろうけど、まあ。 ただ、それじゃあ、とりあえずであれ自民党を支持するというなら、個別にも自民党推薦に入れるかというと、中川雅治さんを選ぶ気にはならなかった。志村けんみたいに「あいーん」とかパフォーマンスやってくれるとちょっと気が変わったかもしれないが、大蔵官僚上がりかよぉなのと、ちょっとやーな挿話も覚えていた(参照)。神奈川県民だったら、金子洋一さんに1票入れていた。朝日健太郎さんについては、すまん、私はそもそもがスポーツマンというのが好きで

    2016年の参院選についてたぶん、どうでもいい話: 極東ブログ
    NOV1975
    NOV1975 2016/07/13
    ちょっと前に話題になってたな。
  • 実際、保育園に落ちたらどうするか?: 極東ブログ

    実際、保育園に落ちたらどうするか? この話題の経験談的な側面は当初自著に含める項目のつもりだったが書籍全体のバランスを考えて落とした経緯がある。他にも家事分担のコツのような話題も考えていたが落とした。また何か機会があれば書籍として書きたいものだと思いつつ、ブログに書くような話題でもない。そうこうしているうちに時は過ぎてしまった。が、よい機会でもあるので、現時点で少し整理してというか、思い起こしつつ書いてみたい。あまり正確ではないかもしれないし、なんの役にも立たないかもしれないが。 保育園落ちて「日死ね」という気持ちになるのはわかるという人は多いだろうし、それはその文脈の議論があるだろう。ただ、他方、現実的に保育園に落ちた子供をどう対応するかという現実的な問いは依然残る。 今回、そうした現実対応の話題が出てくるのか、とざっと見ていたが、見ていた範囲では見かけなかったように思う。いくつかざっ

    実際、保育園に落ちたらどうするか?: 極東ブログ
    NOV1975
    NOV1975 2016/04/05
    現実の対応って言うまでもなく「収入減を受け入れる」じゃないの?
  • 「日本死ね」と言うべきだっただろうか?: 極東ブログ

    すでに旧聞になると思う。というか、そうなるのを待っていた面もあるし、考えていたらそうなってしまったという面もある。話題は、れいの、と言ってもいいだろう、「保育園落ちた 日死ね!」ということだが、私が気になっていたのは、「日死ね」という表現だった。そう言うべきだったのだろうか? 言葉狩りがしたいわけではないが、これが仮に「中国死ね」や「韓国死ね」という表現であったら、ヘイトスピーチになるのではないか。なのになぜ、「日死ね」ならそういう問題にならないのだろうかと疑問に思ったのである。 おそらく日人なら「日死ね」と言ってよいという暗黙の前提があるのではないだろうか。だとすればそこで疑問が続く、日人なら「日死ね」と言ってよいのだろうか? あるいは、日人なら「日死ね」と言えるという特権のような意識があるとすれば、それは何に由来するのだろう? その特権を支える正義はなんなのだろう? 

    「日本死ね」と言うべきだっただろうか?: 極東ブログ
    NOV1975
    NOV1975 2016/04/03
    呪いの言葉に上品も下品もないが、呪いの言葉をそうと気づかず取り上げた連中がいたせいでその呪いは有効な呪いになったんだよ
  • 中野劇団員殺害事件のこと: 極東ブログ

    昨年8月、中野区で起きた若い女性の劇団員殺害事件について、その当時、NHKのニュースでそういう事件があったということは知っていた。報道によると、被害者の自宅アパートでの殺人とのことなので、知人による痴情のもつれではないかとの印象をなんとなく持った。ゆえに早晩、容疑者も絞られるだろうとも思っていた。私の関心はそこで終わった。私はこの手の世間のニュースには関心をもたないのである。案の定その後、世間ではこの事件の話題が盛り上がっていたようだったことも私が興味を失う理由であった。 が、年末頃だっただろうか、この事件が未解決状態であることを知り、そのことに興味を持った。私は世田谷一家殺害事件のように未決事件というものには関心を持つのである。なぜ、中野劇団員殺害事件は数ヶ月しても未解決なのだろうか? その時点で事件が何であったのか気になりだした。まず、それはどういう事件で、どのように初報道されたのか。

    中野劇団員殺害事件のこと: 極東ブログ
    NOV1975
    NOV1975 2016/03/22
    少なくとも犯人側には「人間」がありそうではある。
  • 甘利前大臣辞任のうんざり感: 極東ブログ

    甘利・前経済再生担当大臣の事務所問題について、詳細に関心があるわけでない。が、これを文春が出して概要を知った範囲で、ああ、これで甘利さん終了、とは思った。甘利さんが金銭面で清廉潔白な政治家であるわけもないだろうし、こうしたスキャンダルが大好きな日人が彼に詰め腹を強いるまで問題が落ち着くとも思えない。それにしても、TPP交渉で尽力した甘利前大臣をこうしたスキャンダルで失うのかと思うと嘆息した。お高くつくなあ感である。それとても、そもそも反TPP派にはムカつく要因でもあるだろう。かくして、「問題」の全構造を見ると、それもまたああまたか、といううんざり感があった。 安倍政権側としては強行に甘利さんを守る方向に動くだろうかという関心も少しあった。噂を聞くに、10パーセントくらい支持を失っても構わないと政権が決意しているという話もあり、そらなら大したものだなとも思ったが、そこはむしろ逆に政権が動い

    甘利前大臣辞任のうんざり感: 極東ブログ
    NOV1975
    NOV1975 2016/02/02
    なんだかんだでこれが安倍政権の脆弱性を象徴する出来事に見えなくもない
  • 「ニーベルングの指環」入門というか: 極東ブログ

    昨年の目標の一つは、ヴァーグナーの「ニーベルングの指環」を通して見ることだった。最終的な目標とまで行かなくても、来ならオペラハウスできちんと見ることだが、さすがにこの超大作となると事前の勉強なしで見ることは、事実上無理ではないか。作品は4作のシリーズで合計で15時間くらいになる。来ならこれを4日で上演するらしいが、現実のところかなり難しく、毎年1作で4年がかりということも多い。日でも現在4年がかりの2年目が終わったところ。私などはとりあえず、DVDで見るくらいである。 しかし、そもそも、そこまでして見るべき大作なのかというと、人にもよるだろう。好きな人は好きだろう。が、事前のお勉強を超えてまで見るほどの価値があるかというと、なんたらかんたら、ということで私などこの歳まで先送りしてきた。ヴァーグナーについては、先送りする理屈なども何かとつけやすい。しかし、とりあえず、見終えてみると、圧

    NOV1975
    NOV1975 2016/01/14
    全曲は聴けてないな。全曲図書館から借りたことはあるんだけど根気が持たなかったのでつまみ食いした…
  • 「闇のキャンディーズ」問題で微妙に気になっていたこと: 極東ブログ

    これもその渦中で書くのはためらっていたのだが、「闇のキャンディーズ」問題で微妙に気になっていたことがあった。 その前に、「闇のキャンディーズ」問題とは何か、というと、そのペンネーム、というか呼称でTwitterに登録した人がいて、自身の考えに反対する人に対して、例えば、「☓☓☓死ね。それとも、殺されたいのか?」「お前の赤ん坊を豚の餌にしてやる」といった暴言を吐いていた。 ひどいものだとは私も思うが、私自身、その手の暴言をコメント欄などでよく受けてきたので、ネットの世界ってそんなものだよねと思っていた。 というか、微妙に気になっていたことに関連するのだが、どこかしら、そうした暴言の人々を、どうしようもないじゃないか、ということで許容していたのではないかとも思う。 これが今回「闇のキャンディーズ」問題として「問題」化したのは、水俣病訴訟にも関わっている弁護士の高島章氏に対して、「うるせーな、ハ

    NOV1975
    NOV1975 2015/12/18
    例えば、僕自身は(緩やかなものとはいえ)匿名性を保つために自制をしている面はあるけど、逆に自制をしないために匿名性を要求している輩については反省という概念が通じるのか疑問に思うところはある。
  • 同志社大学長選の村田晃嗣氏落選で「もや」っと思ったこと: 極東ブログ

    今年ブログに書き落として「もや」っとしたことが他になにかあるだろうかと自分の心を覗き込んで、そういえば、同志社大学長選の村田晃嗣氏落選では、なんとも言えない「もや」っとした思いが残ったことを思い出した。あれはなんだっただろうかと再考して、やはり「もや」っとしたままであった。ただ、そのもや感は書いておこうかと思う。 話は11月6日のこと、同志社大学で任期満了に伴う学長選挙があり、立候補した現学長の村田晃嗣氏(51)が破れ、理工学部教授の松岡敬氏(60)が選出された。 自分にとってはほとんど関係のない大学の人事のことでもあり、それだけ見ればどうという話でもなく、安閑と傍観してよいことである。なにより、その選出過程に公的な問題があったとも想定されない。ただし、報道からの情報を加えれば、投票資格者は同大学の教職員約930人に限られ、投票者数や得票数については公開されてはいない。 ではどういう焦点化

    NOV1975
    NOV1975 2015/12/16
    モヤっとするのは感覚としてはわかる。問題ないと言いつつ少なからず政治的な力学が働いてる想像はしてしまうし、立場によっては政治から全く独立することは難しい。それも含めて社会の機能なんだとは思う
  • SEALDsについて少し思った: 極東ブログ

    SEALDsについてまったく関心がなかった。若い人のデモ団体の1つであるとは認識していた。そういうデモは民主主義国家なので自由に行えばいいと思う。余談めくが、先日、ピンズラーのフランス語レベル5をとりあえず終えることができたのだが、そのなかでも若い人がデモを行う話題が二、三あった。いわく、デモに紛れた米国人の彼氏が警察に捕まっちゃったうぇーんというと、大丈夫よくあることだよ、僕も捕まった経験あるよ、パスポートもって警察にさあ行こう、といった内容である。さらに余談だが、男性同性愛者の結婚の話題とかもあった。なかなかすげーフランス語レッスンであった。つまり、楽しい。デモも同性愛結婚も、日でも、もっとやれ。 たまたまたSEALDsについて、ただ若い人がそれぞれ勝手な理由で、とにかく憲法違反だから安保法案に反対するというシングルイッシューの単純なデモ団体だ、と思っていた。のだが、そうじゃないよ、

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    NOV1975 2015/08/27
    単に「例の法案反対」の活動団体としてしか機能しないと思うんだよな。
  • 安保法制が否決されてもおそらく何の変化もないだろう: 極東ブログ

    安保法制については、国民が民主主義の手順に沿って合意していけばよいことなので、特に言及すべきことはないが、この間、ちょっと気になったことなどもあったので、備忘をかねて書いておきたい。 個別名を出すのもなんなのでぼかすが、この議論に比較的熱心に言及している論者が、この法案(法改正)の原文を読んでいないようだったのだったの知って意外だった。すでに書いたように、私はこうした事態ではとりあえず一次資料に当たることにしている。今回の法案についてもそうである(参照)。そして思ったことはとても難しいということであった。自分の理解を超えていると言っていい。このことはすでに書いたので繰り返さないが、それでも原文を読めば簡単にわかることがあった。私のごく基的な誤読でなければ、「集団的自衛権」という言葉はこの法案には含まれていないということだ。 ではこの法案は「集団的自衛権」について扱っていないのかというとそ

    NOV1975
    NOV1975 2015/07/16
    可決されたら変化があるかどうかは知りたい。