ブックマーク / takiyusuke.hatenablog.com (23)

  • 通路 - 一朴洞日記

    午後からの空模様はどうなのだろうか。怪しい。けれど朝がた涼しいのは、助かる。 梅雨の初めころに草むしりして、三か所ほど小積みにしておいた山が、ひと夏の陽射しと雨とに晒されて、これがもと植物だったのかと思うほどカラカラの乾燥ゴミのようになっている。まずはそれらの埋戻し作業。 かつて地上部分を伐り倒したネズミモチの切株からは、なんかの太い根っこが張り伸びていた。そのうちの一をスコップとノコギリをもってようやくに伐り除いた跡が、思いのほか長さのある穴となった。 初夏のころ、その穴をふさぐべく、枯草やら、神棚から下げた昨年の注連縄やら、正月の松と玉飾りから腐りにくいものだけ抜取った残りやらに、細かく鋏をいれて埋め、土をかけた。マウンド状に盛上ったので、石やコンクリート片など、そこいらの瓦礫を重しに載せておいた。 それが今、窪地のようにへこんでいる。ミミズや地中微生物らの働きで、無事土に返ってく

    通路 - 一朴洞日記
  • 悪くない - 一朴洞日記

    このあと、外出したいのである。こと改まって外出と申すは、乗物を利用して他駅まで買物にゆくという意味だ。で、炊事の時間が惜しい。ファミマで、三色そぼろ鶏龍田弁当を買った。 わりに気に入っている弁当で、以前も撮影した記憶がある。 ファミマ、サミット、ビッグエー、弁当を買う店は三か所だ。ほかに種類豊富な弁当専門店、韓国弁当店などがあるが、まだ利用した経験がない。 既知の三軒それぞれに特色明瞭で、買い分けている。商品出来栄えと値段の兼合いということだ。安ければよろしいわけでもなく、豪華であれば、美味であれば、よろしいわけでもない。時と場合により、気分にもよる。 なぜ炊事時間を惜しむかというと、訪問したい先が二件あって、手土産を誂えたいのだ。わが町ではない菓子舗まで出かけたいのである。訪問先のご事情を拝察して、手土産の菓子を、店も商品も心決めしてある。中元時期だし、ちょうどよろしいかとも思う。 なぜ

    悪くない - 一朴洞日記
  • 豊か - 一朴洞日記

    飯茶碗として使っている丼に、ヒビがひとすじ入っていると、しばらく前から気づいている。もうニ年にもなろうか。 炊事や洗い物のさいに、粗雑に扱っているつもりはないが、かといってとりわけ丁寧に扱っているでもない。人さま並に、洗い桶や水切りボックスにて、他の器とカチャカチャ触れ合ってきた。なにかにぶつけるだの取落すだのといった、事故に遭わせた記憶もない。自然の経年損耗と思っている。 ヒビの入った縁が欠けることでもあれば、即日交換するつもりだが、一見なめらかなまゝなので、取換えもせずに使い続けている。 それはよろしいとして、不思議なのは、このヒビが、いつも向う側の左寄りにあることだ。初めは気のせいだ、勘違いだ、思い込みにすぎないと、むろん考えた。手前側にあるときには丼の外側が眼に入るから、上絵に隠れてヒビは見えない。向う側にあるときだけ眼に着くから、そんな気がするのだろうと。 だが膳の上でも、洗

    豊か - 一朴洞日記
  • 全冷中 - 一朴洞日記

    「全冷中」をご記憶のかたも、少なくなってきたろうか。正式名称をたしか「全日冷し中華愛好会」と云った。 学園紛争の余燼すら感じられなくなり、ベトナム戦争も終息に向うかというころだった。ピアニストの山下洋輔さんが、ある蕎麦屋で冷し中華をご注文なさった。年明けそうそうだったらしい。季節メニューなので、今はお出しできぬと断られた。 憤慨した山下さんは、新宿の行きつけ酒場へとって返し、憤懣をぶちまけた。生ビールだってアイスクリームだって、真冬にもべられる。べたい客もある。冷し中華は不当な差別を受けている。「差別」が流行語のようになっていた時期だった。 店名を出せば、あゝアソコと思い当るかたもあろう、ご定連には赤塚不二夫さんや筒井康隆さんや、坂田明さんや黒鉄ヒロシさんや、まだまだたくさん、いわば当代きってのパロディー好き、面白がりの才人らが集う店だったから堪らない。新視点からの意表を衝く珍説が次

    全冷中 - 一朴洞日記
  • データ無し - 一朴洞日記

    ウチのとは、ちがうなぁ。 この悪癖、なんとかならぬものか。就寝予定時刻になると、表へ出たくなる。ここ数日の好天続きのせいだ。午前の陽射しが、まことに気持よろしい。 すこしでも陽射しを浴びるよう心掛けぬと、ビタミンD が形成されない。 物だけでは摂取できぬらしいビタミンD こそが免疫力の決め手で、もっとも有効かつ手軽なコロナ対策である、と以前ホームドクターから教わったことが、いちおうの理屈となっている。 ふらりと出てみたくなるのは、どなたも一緒と見えて、ベーカリーは大行列。十五人くらいはいらっしゃりそうだ。 不動産屋の前でタンポポに遇う。拙宅の連中とは別の種類だ。葉のギザギザの形が微妙に異なるし、花が大ぶりで長身だ。拙宅から徒歩わずか二分の距離だが、血縁関係はないようだ。途中ファミマの前を直覚に曲るから、穂が同じ風に乗る間柄ではないのだろう。 神社まで足を延した。玄関番の黄トラの姿はない。

    データ無し - 一朴洞日記
  • ポンプ - 一朴洞日記

    私はこの水で、タンコブ冷したり、傷口を洗ったりしたことがある。六十数年前のことだ。 ご近所は花ざかりである。庭木としてお手入れされた花木類が花をつけているのは、そりゃあお見事。鉢植えやプランタを、お玄関先やお店の出入口脇に並べておられるのも、まことにきれいなものだ。 が、それらに感心して歩を緩めたりはするものの、立停まってしげしげ眺めるというほどではない。それよりはむしろ、招かれざる客とでもいおうか、よろづ人間が強権的に制御管理する空間にあって、人間の思惑を無視し、それどころか時として嘲うかのように、しぶとく独自の生命活動をくり広げているような植物には、心惹かれる。 裏手の駐車場へと続く私道を舗装するさいに、建物とアスファルトの境目をきっちり埋める技術を、人間がもたなかったために、もしくは仕上げがずさんだったために、抜け目なく生命が萌え出たのだ。 道路脇の排水溝に蓋をするコンクリート材の設

    ポンプ - 一朴洞日記
  • 常識学 - 一朴洞日記

    中江丑吉(1889-1942)。北京にて、1937年3月、鈴江言一撮影。 ボケ切らぬうちに、聴けることは聴いておけ。お若い友人から、過去の文学についての噺を求められる。望むところだと応えたきところなれど、問題がひとつ。 私ごときにお訊ねあるは、せいぜい過去に書いたか喋ったかしたことの関連事項。もしくはその詳細。ところがどっこい、こちらの記憶はおぼろで大雑把。詳細なんて憶えちゃあいない。読み直さねば思い出せない。 残り時間にコレは読んでおきたい読み直したいと、読み直してでも思い出せとが、おうおうにして一致しない。 中江丑吉の噺なんか、どなたも聴きたいとはおっしゃらない。 「日の新聞はじつに馬鹿だ」かたわらにポーランド地図をひろげて新聞を読んでいた中江が、吐き捨てるように云う。弟子は身を乗出す。 「国境の二寸ばかり下に○○という町を探してみな。そこにヒットラー軍の主力がいる。そこから右へ一寸

    常識学 - 一朴洞日記
  • 群力 - 一朴洞日記

    季刊『三田文學』No.148(2022 冬季号) 『三田文學』最新号は坂上弘さん追悼特集。文学史的には内向の世代と称ばれた作家の一人で、同誌編集長としても、多大の尽力をされたという。小説家としては地味で手堅い作風で、名品が多いわりには、世間で騒がれたりすることがほとんどなかった。つまり玄人受けの作家だった。 さらにもう一足の草鞋を履いておられ、会社員としては(株)リコーに勤務していた。私は会社勤めをしているころ、『日経広告手帖』という業界雑誌の座談会で、リコー社員として発言しておられる写真を観て、あれぇ、コレって作家の坂上弘じゃねえのぉ、と眼を瞠ったこともあった。 追悼文および資料として、九人が文章を寄せている。佐藤洋二郎さん、岳真也さんといった、旧知のお名も見える。ご両所とも昔語りが板に付く貫禄となった。(私は全然さようでないのに。) 岳さんは作家渡世を始められたとき、まだ慶應義塾の大学

    群力 - 一朴洞日記
  • 顔 - 一朴洞日記

    十日ほど前に書いたはずなのに、まだブロンズ・カウボーイの動画を観ている。 彼は通常土曜日ごとに動画アップするそうだ。二〇一四年からの動画が拾えるところをみると、ウェブ上にいったい何百の動画が浮んでいるものか、数えられない。しかたなく、高評価ボタンをクリックして、未見動画と一度観たものとを識別できるようにしている。 いかほどの腕前をもった、いかなる芸人さんかは、とうに承知した。飽きないのは原則一回限り登場して二度と現れない、観光客たちである。 アリゾナ州、オールドタウン・スコッツデイルという街らしい。州都フェニックスからやゝ北に位置するスコッツデイルは、最新設備のホテルからゴルフ場まで完備した、大きな近郊リゾート地だという。その外れにオールドタウンという観光風致地域があって、西部および南部の旧い街並みを愉しめる一画があるようだ。 レストランやカフェの造りも、わざわざ古風に統一されており、土産

    顔 - 一朴洞日記
  • 不滅 - 一朴洞日記

    とかく男と女というものは……。今想えば、そういう問題だったのかなぁ。 『とべない沈黙』について、高校生だった私に与えた衝撃と影響は「深刻」だったなどと、いさゝか思わぜぶりだった。なんともはや、無責任な申しようだ。短兵急に云えば、人間関係って、ことに女と男って、根的にうまく行かねえんだな、というようなことだったと思う。 これは『とべない沈黙』の核心主題ではない。瞭らかに見当違いの感想だった。性欲との折合いや女性への憧れが日常生活の最大課題だった年齢の私が、映画の一部分に過剰反応してしまったに過ぎない。 始まってすぐ、ある先行映画を連想した。モノクロ映像の美しさ(つまりは光と影の術)。構図とクローズアップのなまめかしさ(エロチシズム)。これはミケランジェロ・アントニオーニじゃないかな? 篠田正浩、大島渚、吉田喜重ら松竹ヌーヴェルヴァーグと称されていた監督たちには、たしかにフランスのヌーヴェル

    不滅 - 一朴洞日記
  • 若返り - 一朴洞日記

    ヨルダンで今、新世代アカツキが闘っている。 アジアカップのグループリーグ。緒戦、対インド133-46。第二戦、対ニュージーランド60-50。第三戦、対韓国67-62。すべり出し三連勝。最終ライヴァルはむろん、オーストラリアと中国だ。 インド戦は、現状から観て仕方ない。インドの健闘を称えよう。 ニュージーランド戦は、高さ対策の練習。途中手こずった。しかし今回のアカツキは、後半への集中力の持続が凄い。走り切った。スリーも当り続けた。突放しにかかってからは、危なげなかった。 韓国戦は予想どおりの熱戦。すべり出しは、思いのほか順当かと見えたものの、韓国のスリーが当りはじめ、対応が遅れるうちに一時は逆転される。が、ここでも後半の集中力持続の差が歴然。相手はアカツキのスタミナに驚嘆したに違いない結果だった。 今回アカツキの顔ぶれはというと、オリンピック3×3から、最年長の篠崎澪を除く三人、山・ステフ

    若返り - 一朴洞日記
  • 到達 - 一朴洞日記

    ビッグエーはディスカウントスーパーを標榜している。昔当った広告コピーに、「同じ品ならどこより安い」があったが、それだ。 落着いて眺めれば、「同じ品」とは申しがたい品物が多い。そこは賢い主婦たちのこと、個人商店さんと別のスーパーさんと当店さんとを、品目によって使い分けていらっしゃるのが普通だ。私はココ一辺倒です、とおっしゃるのは、独身青年やお若いカップル、あるいはこの町で日の浅いかたがただ。 ところで、混み合ったレジに行列しているちょうどその脇に、菓子パンやキャンデーや、ひと口スイーツが並んでいる。棚だけでなく、ワゴン積みされていて、今日限りデスヨ、みたいな顔をしている商品もある。 買う予定だった商品はすべて籠に入ったが、おやっ、こんなものならチョイト試してみようかという気にさせられる。購買者の心理を読んだ陳列だ。 日手を伸ばしたのは、「かりんと風あんどーなつ」一袋四個入で九十七円(税別)

    到達 - 一朴洞日記
  • 手立て - 一朴洞日記

    現代で、ですか? 好きなファッションモデルですか? そりゃなんてったって、カーリー・クロスってことになりましょう。 たゞ昨年十月でしたか、妊娠を発表。今春第一子ご出産でしたから、こゝしばらくはランウェイを歩いてませんよね。有名ブランドのコレクション動画くらいしか機会のない、門外漢ファンとしては、最新情報が乏しい今日この頃です。はい。 ジジ・ハディッドやキェンドル・ジェナーと並んで、2010年代を象徴するモデルさんですよね。たゞしカーリーのウォーキング・フォームは、誰にも真似できません。188センチの身長と長い手足を利しての、心持ちゆっくりなストロークによる気品抜群の歩きです。ちなみに、冨永愛さんでも、179センチですぜ。 広い会場を周回する形式のショウでは、あっアソコをカーリーが歩いていると、遠くからでも判ります。 一道ランウェイを正面から撮影した動画ですと、奥からまっすぐこちらへ歩いて

    手立て - 一朴洞日記
  • きっとそう - 一朴洞日記

    幸いにして東京は、まだ暴風雨や洪水・崖崩れに見舞われていないが、油断してはならぬ雲行きだと、ラジオが云っている。そうだろうなと、私なりに思う。昨日今日、窓の隙間や換気口から、やたらにクモが室内に入って来るからだ。 一日で上る雨ならば、彼らはこれほど入って来ない。草陰だろうが軒下だろうが、みずから仕掛けた巣の近辺に、身を隠す場所などいくらでもある。これは長期戦になると、彼らは踏んでいるのだ。獲物を屋外で待つよりは、ゴミも埃も多い屋内に移動して、小昆虫やダニを漁ったほうが得策と、判断したのだろう。彼らの予知能力を、私は信頼している。 こんなことがあった。まだ職にあった頃の噺。午前中降り続けた雨が、正午頃に上った。屋外の喫煙所へ出たついでに、地上を観察すると、アリたちが一斉に巣穴から出て、活動を開始していた。 「また降り出すんでしょうかねえ」 楽屋では、お若い助手さんが、心配顔だ。 「なァに、こ

    きっとそう - 一朴洞日記
  • 手間 - 一朴洞日記

    1/2カットから12ピース取り。前回最後を含め13ピース。 半世紀前の学友大北君から、南瓜をいただいた。 彼は画に描いたような、スマートな都会派学生だった。いつまでも方針が決らずにぐずぐず留年していた私と違って、さっさと四年で卒業。服飾業界へ就職したかと思うと、男どもの注目の的だった女子下級生を嫁さんにして、いささかの淀みもなく社会人生活へと入っていった。 まったく、学友としては、許しがたい奴である。 退職後は、持病の養生をかねて、家庭菜園に打込んでいる。家庭菜園といっても、かなり多彩な農業だ。今年は人参が好いだの、長雨にたゝられて玉葱が全滅しただのという報告に添えて、四季折々、ご丹精の一部を贈ってくださる。 ふだん八百屋では南瓜を、一人家族に重宝な1/2カット、巨きなものであれば1/3カットにされたものを買う。それが今回はまな板にドデンと丸ごとの南瓜。眺めているだけで、なにやら胸高鳴るも

    手間 - 一朴洞日記
  • うん、うん、 - 一朴洞日記

    谷崎精二(1890~1971) 早稲田の文学部で(他学部の事情は存じません)、冠詞も枕詞も付けずに、たんに谷崎先生と申しあげたら、それは文豪谷崎潤一郎のことではなく、弟の谷崎精二先生を指す。学部生のあいだはそうでもあるまいが、大学院生だの助手だのでいるうちに、恩師がたと話す機会が増えるにつれ、いつか自然とそうなる。 慶應義塾の皆さんが、会ったこともない福澤諭吉を、福澤先生と称んでおられるのと似た気分かもしれない。 私は院生も助手も経験していない。たゞし留年また留年で、学部七年生までやった。学科の壁を無視して遊び回り、並の学生の何倍も数多くの恩師・先輩のお世話になった。後年、渡世の巡り合せから、九年間ほど教員も務めた。で、お会いしたこともないのに、「谷崎先生」が身に付いている。 文学部では(他学部の事情は存じません)、仮に教団に例えれば、坪内逍遙を開祖、島村抱月を二祖、谷崎精二を中興の祖と考

    うん、うん、 - 一朴洞日記
  • 老人食 - 一朴洞日記

    月並×手軽×安価×少量多品目=老人 ちゃんと一回、適当一回。一日二を原則としている。 他に就寝前の台所での一献が加わることもある。第二が一献を兼ねることもある。 机作業の一服休憩に、珈琲かカルピスを飲むが、口寂しくてオヤツを摘んだり、飴を嘗めたりすることが多い。日のオヤツ予定は、ファミマのベビーカステラ。ひと袋およそ百グラム、三百六十キロカロリー。 昨日はめったにない来客があって、適当ばかりとなってしまったので、日はまずもって、ちゃんと。生命の最低保障をしておく。 【方針】 ●主は昆布粥か茸粥。塩は使わず、とろろ昆布で薄味に。 ●味噌汁を作る日には、鉢物二品減らす。(日はその要なし) ●玉子は一日一個。調理法は問わない。 ●肉類の大量摂取厳禁。たゞし皆無も厳禁。魚も少量にて可。 ●そのぶん植物性蛋白質にて補充。納豆は常備品。 ●少量・微量ながら毎日摂取するもの。 (1

    老人食 - 一朴洞日記
  • 辻褄 - 一朴洞日記

    迫水君という店員さんが、ファミマに長く勤めている。髪の長い長身イケメンで、俯き加減に、低く澄んだ声で話す。物静かな性格のようでもあり、じつは爆発性の物質を内に秘めているようにも見える。 「君、ロックかジャズ、やってる?」 ある時、ほかにお客の影もなかったので、訊ねてみた。「まさか……」薄笑いを浮べて、一蹴されてしまった。 鶴中さんという、美形の女性店員さんがいる。細身小顔、いわゆるモデル体型で、長い髪を明るく染めている。なによりの特徴は滑舌の良さだ。一音々々がくっきり明快で、語尾もしっかりしている。細身の人は、口の中にも余分な肉がないのだろうと、思わせる感じだ。 「たいした滑舌だけど、あなた女優さんかアナウンサーさんの、ご経験者ですか?」 「えゝっ、けっこう噛んでますよぉ」これも一蹴されてしまった。 お若いかたの年齢に見当がつかなくなって久しいが、職業や暮しぶりについての勘も、とんと働かな

    辻褄 - 一朴洞日記
  • 論理 - 一朴洞日記

    『芥川賞・直木賞150回全記録』(文春ムック)より、無断で切取らせていただきました。 口火(ツカミ)は野坂昭如、〆(トリ)が五木寛之という講演会だったわけだが、主催は『早稲田文学』で、司会というか冒頭挨拶というか、編集長だった立原正秋さんが、まず登壇された。 ――くだらない野次を浴びせるようなヤカラは、私が降りていって、ブン殴るから。とはいえ最近の学生は、我々の時代に較べて、ずいぶん大人しくなってしまった。 はてな、これもそうなのかな? と、舞台袖で私は思った。 世は学園紛争期。政治集会やシンポジウムにあって学生聴衆は、同意・不同意を端的に表明すべく、「異議なーし」「ナンセーンス」と大声を発することが、日常化していた。その伝を文学講演会でも実行する学生が出ては迷惑。強気の編集長は、冒頭まず釘を一刺しておこうとなさったのだったろう。解らぬではない。 が、続けて、近年の学生は大人しいとおっし

    論理 - 一朴洞日記
  • レガシィ - 一朴洞日記

    こぢんまりオリンピックを標榜してたんじゃなかったでしたっけ。瞬く間に予算は怪物的膨張、と話題になったころ、レガシィなる語が……。ありふれた英単語なんでしょうが、私の耳にはとんと馴染みなく、むろんわが半生において用いたことのない語でした。跡地・施設・設備・物品などの後続活用という意味なんでしょうかね。でもねぇ。 既存設備の最大限活用という説もあった。前回オリンピックを目途に建造された、丹下健三設計で話題となった代々木体育館が、今回ハンドボールの競技会場だったそうだ。戸田ボートレース場なども、活用されたのだろうか。なるほどレガシィだ。ほかにも何か、あったのだろうか。知らない。 東京五輪音頭は三波春夫の持ち歌であるかのように、その後歌い継がれたが、作曲者の古賀政男は、三橋美智也を念頭に作曲したのだったという。ただし曲の用途に鑑みて、当時は厳格だったレコード会社の壁を例外的にとっ払って、各社制作ご

    レガシィ - 一朴洞日記