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人生に関するPuyostyのブックマーク (70)

  • 「“全部自分の責任です”っていうリーダーを、俺は信用しない」TAKUROが語るリーダーの哲学|新R25 - シゴトも人生も、もっと楽しもう。

    GLAYを25年率いたリーダー論がここに。 「“全部自分の責任です”っていうリーダーを、俺は信用しない」TAKUROが語るリーダーの哲学 日を代表するロックバンド・GLAY。 今年でデビュー25周年を迎え、10月2日には15枚目のアルバム『NO DEMOCRACY』のリリースを控えています。 そんなモンスターバンドを率いてきたギタリスト・TAKUROさんは、2005年に設立した事務所「loversoul」の代表取締役であり、その後自主レーベル「loversoul music & associates」、現「LSG」も立ち上げています。 今回新R25では、常にリーダーという立場でバンドや会社を牽引してきたTAKUROさんに、「リーダーとは何か?」というテーマで取材を行いました。 TAKUROさんの考える「カリスマとは?」「責任の取り方とは?」「20代ですべきこととは?」。深いお話をたくさん

    「“全部自分の責任です”っていうリーダーを、俺は信用しない」TAKUROが語るリーダーの哲学|新R25 - シゴトも人生も、もっと楽しもう。
  • 家族が亡くなった後の「手続き地獄」早わかりカレンダー | マネーポストWEB

    ある日、自分の親や夫がボケたら、亡くなったら…。「その時」はいつか必ず来るとわかっていても、つい先延ばしにする人は多い。58才主婦・香川さんが話す。 「最近、うちの父も足腰が弱ってきて、歩くのも難しくなってきました。万が一の時を考え、そろそろ家族で話し合っておこうと思いますが、『お父さんが死んだらさ』とは言い出しにくくて…」 久しぶりに親族が集まっても、大事なことは結局、誰も切り出せずじまい。香川さんのような家庭は多いのではないだろうか。 だが、先延ばしにしてよいことなど1つもない。家族の死後は通夜に葬儀にやることが山積みで、その後も延々とさまざまな手続きに追われる。 そればかりか、親と生前にしっかり話し合わなかったがために、期限内に適切に手続きできず、損したり、トラブルに発展したりすることもあるのだ。 別掲の「早わかりカレンダー」に、家族の死後、どんな手続きがどれくらいあるかをまとめた。

    家族が亡くなった後の「手続き地獄」早わかりカレンダー | マネーポストWEB
  • 9月末で60歳定年退職しました - 未来のいつか/hyoshiokの日記

    当社の規定により満60歳で定年退職をした。長いようで短かった会社員生活も一区切りだ。自分のプログラマとしての会社員生活を振り返ってみる。無駄に長いし結論はないのでお忙しい人は飛ばして欲しい。 9月末なのでブログ界隈では退職エントリーがそこかしこに書かれると思うが、その中で自分の退職エントリーを連ねることにどれほどの意味があろうか。もちろんないのだが、それでも多くの書き手の年齢を考えると満60歳定年退職というところに若干の希少価値を見出せなくもない。 1984年に大学院修了して以来、プログラマとしてのキャリアを重ねてきた。大学時代の同期でプログラマとして就職したものは皆無だ。当時、工学部の同期はメーカーに就職するのがほとんどで、大手家電メーカー、自動車メーカー、電力会社などなど、当時の誰でも名前を知っている人気企業に就職するものが大半だった。 その中で、日ディジタルイクイップメント(DEC

    9月末で60歳定年退職しました - 未来のいつか/hyoshiokの日記
  • 半匿名でぼくが決めているルール - 続・はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記

    大変に不意なことではあるが、先日、自分の名前と立場を明かしてネットで発言をするハメに陥った。 もちろん、これまでもメディアの取材として、自分の名前でネットに記事が掲載されることは何度もあったわけだが、メディアの取材で名前が出るのはもちろん公人として、また、仕事として出るわけだから、名前が出るのはむしろ当然だ。 しかしながら、ぼくがネットで自分の意見を発信する場合は、私人として個人の考えを自由に表明しているだけであって、会社の立場と紐付けられて解釈されるのは望まない。匿名というスタンスでの発言にこだわってきた理由のひとつでもある。 残念ながら、2018年のネットにおいて公的な立場と私的な立場を切り分けて発言するスタンスは、もはや維持することが難しい。ぼくの意見にケチをつけたいひとが、公的な立場と紐付けて解釈するということで攻撃するケースが増えてきたからだ。正直、ぼくにマイナスの印象操作を行

    半匿名でぼくが決めているルール - 続・はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記
    Puyosty
    Puyosty 2018/05/06
    “本分とは、本人にとって、人生の経験の中から生まれた、どうしても自分がそうせずにはいられないという妄想のようなものではないかと思う。”
  • プログラミングにおける不安と学びのプロセス - 人間とウェブの未来

    僕の場合、実現したいことをコードで書けない時には、ひたすら似たコードを読んで理解して写して…を繰り返す。そのうちに手元に大量の自分のサンプルが溜まっていく。その繰り返しがパターンの細分化を促し、書けるコードの幅を広げていく。書けるコードを気持ちよく書き続けてるだけでは新しいコードは書けないからだ....と、向き合えるようになるには時間がかかった。 書き慣れたコードの延長で書いていると、自分でコードを書けている実感があって、リファレンスなど何も見ずに自分の力でプログラミングできている感があるのだが、ある時これはただ「慣れ」の感覚を高めているように思えた。素早く書けること自体は、それはそれで一種のスキルで素晴らしいのだけど、実現したいことをコードで書けるようになる、という観点で振り返ったときに、どうしても成長を感じなかったのだ。それ以来、まずいと思い、実現したいことを思い描き、それを実現するた

    プログラミングにおける不安と学びのプロセス - 人間とウェブの未来
  • 自立とは「依存先を増やすこと」|全国大学生活協同組合連合会(全国大学生協連)

    子どもが将来の進路を考えるこの時期、保護者はどのように子どもをサポートしていけばよいのでしょうか。脳性麻痺という障害を持ちながら小児科医として活躍し、現在は東京大学先端科学技術研究センターで障害と社会の関係について研究する熊谷晋一郎先生から、保護者に向けたメッセージをいただきました。 くまがや・しんいちろう 1977年山口県生まれ。生後間もなく脳性麻痺により手足が不自由となる。小学校から高校まで普通学校へ通い、東京大学に進学。医学部卒業後、小児科医として10年間病院に勤務。現在は障害と社会の関係について研究するとともに、月2回ほど診療現場に出ている。 障害を抱えながら自立を目指す 私は、生後すぐに高熱が出たことなどが原因で脳性麻痺となりました。手足が不自由なため、中学生の頃から車椅子を使っていて、日常生活を送る上では他者の介助が欠かせません。 私が生まれた1970年代には、脳性麻痺は早期に

    自立とは「依存先を増やすこと」|全国大学生活協同組合連合会(全国大学生協連)
  • 僕は僕にどういう教育を授けたか - 怠惰を求めて勤勉に行き着く

    まえがき 会社の若い子に「情報系出身でもないのに一体どうやって勉強してきたんですか?」と聞かれたのでランチべながら「こんな読んだ。これもタメになった。あ、これもタメになった」とKindleを広げながらリストアップした。思い返せばたくさんを読んだ。その中には役に立ったものもあれば時間の無駄だったものもある。すると「あ、役に立っただけ抽出したら有益かもしれないな」と思ったのでエントリにする。 僕は文章を簡潔に分かりやすくまとめる才能が致命的にないのでこのエントリもげっそりするほど長い*1が、2017年も暮れなのでここはひとつ日酒でもかっ喰らいながら自分の人生を振り返ってみようと思う。 無理やり要点をまとめるならば、 TCP/IPの知識 Linuxの知識 なにかひとつプログラミング言語 なにかひとつGUIシステムの理解 アルゴリズムとデータ構造 強運*2 を身につけたらどんなに低く見

    僕は僕にどういう教育を授けたか - 怠惰を求めて勤勉に行き着く
  • 8年で5つのスタートアップを経験したエンジニアがもうスタートアップをやらない理由

    このノートは昨年、お世話になった方のために近況報告としてまとめました。 株式の取り扱いなど含めて整理できてなかったので、各方面にご挨拶できておらず申し訳ございませんでした。詳しい理由については個別に連絡させて頂きます。 Thank you Startup, And Good By. 2016年2月に1年間取り組んでいた、スタートアップを辞めました。そして、このスタートアップを最後に自分がスタートアップをすることはもうないと思います。 代わりに、スタートアップとは呼べない地味な事業を始めます。発達障害の人にプログラミングを教えるという地味で大変で面倒な事業です。IPOもEXITも目指しません。 http://camp-fire.jp/projects/view/5... この決意に至るまでの道筋を整理する上で、 今までの人生の中で関わったスタートアップとそこで学んだことを整理し、 そして何故

    8年で5つのスタートアップを経験したエンジニアがもうスタートアップをやらない理由
  • フリーランスになって10年:Geekなぺーじ

    気がつくと、フリーランスになって10年目です。退職するまでは身元を明かさずにブログを書いていて、退職後に退職エントリを書いたのが2007年の12月でした。 これまでの仕事 これまで、いろいろなことをやりました。基的に、あまり自分で営業活動をせず、ご連絡をいただいた内容に応じてそのときどきで仕事をしているので、仕事の方向性はバラバラです。。。そういった要素もあり、会社員時代と比べて収入は半減以下になってしまっているのという悩みを抱え続けながら生きています。 書籍執筆 マスタリングTCP/IP RTP編(監訳) Linuxネットワークプログラミング インターネットのカタチ - もろさが織り成す粘り強い世界(共著) マスタリングTCP/IP OpenFlow編(共著) アカマイ - 知られざるインターネットの巨人 ポートとソケットがわかればインターネットがわかる 雑誌およびWeb媒体での執筆

  • Ruby書いたことないけどRuby書いた人の講演に行った - みたぬメモ

    【まつもとゆきひろ氏 特別講演】若手エンジニアの生存戦略 - connpassに参加してきました。若手エンジニアないしはエンジニアを目指す学生向けに、生存戦略を説く主旨の講演でした。まつもとゆきひろ氏とは、プログラミング言語・Rubyを作った人です。 全体的な内容はこちらのブログで非常にコンパクトに紹介されているのでご参照ください。 zuckey17.hatenablog.com 私のブログではまつもとゆきひろ氏もといMatz氏が語ったことを前半に紹介しつつ、後半に主観感想もまとめたいと思います。 ■生き残るには? -死ななければいい。 「エンジニアの生存戦略、つまり生き残るには?」 その問いに「単純ながら、死ななければいい。」という皮切りでスタートした。 じゃあこの"死なない"ためにはどうするか。 そもそも生き残るとはどのような戦略を取ればいいのか? Matz氏は「背景や環境など当然違う

    Ruby書いたことないけどRuby書いた人の講演に行った - みたぬメモ
  • 今日、何人かの中学生たちに送った言葉 - ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Between Neuroscience and Marketing

    Leica M7, 1.4/50 Summilux, RDPIII 日午後、とある奨学財団の率いる長野の中学生の皆さん、約15人と約3時間語り合った。 はじめに僕の年齢を聞いて、彼らの親とさして変わらないので、ほとんどの彼らが驚いていた。どうも10才は若く見られたようだ。人は好きなこと、自分が意味があると思うことを追求していれば歳をとらないんだと伝えることから始まった。笑 頂いた質問表を踏まえ「これからの未来をどう考えどう生きていくか?」をテーマに、簡単な自己紹介、なんでこんな人生になったのかから始まり、頂いたお題に応えるべく、1時間あまりやり取りをしつつお話しをした。その後さらに幅広くこってり質問に答えたり、ディスカッションした。 大人相手の講演は割としょっちゅうしているが、これらの未来を担う世代と話すのは、僕としてはなかなかめずらしい機会なので、伝えたこと*1をここに残しておこうと思

    今日、何人かの中学生たちに送った言葉 - ニューロサイエンスとマーケティングの間 - Between Neuroscience and Marketing
  • スタープログラマの幻影 - megamouthの葬列

    最近久々に「スタープログラマ」という言葉を聞いた。 そういえば、私の中にもかつてそういう存在がいたなあ、と思い出した。 あえて定義することもないが、スタープログラマとは、先進的なOSSプロダクツを実装し、ブログなどでプログラミングを堂々と論じ、できれば単著の一つも書いているような人たちといったところである。 話の都合上、具体的な名前を出すが、高林哲氏、higepon氏、新山祐介氏などが、私にとってのスタープログラマであったし、少し時代を戻すとεπιστημη氏であるとか、賛否両論だとは思うが、やねうらお氏などの名前が挙げられるかもしれない。 スタープログラマというのは、駆け出しのプログラマやプログラム学習者にとっての目標であり、先輩であり、嫉妬の対象でもある。 彼らの言葉は絶対で、疑う余地もないことであり、私はそのプログラミングに対する思想を無条件に受け入れたし、彼らが使っているエディタや

    スタープログラマの幻影 - megamouthの葬列
    Puyosty
    Puyosty 2017/03/08
    追いつけないからと言って、自分が進んでいないわけじゃない
  • 大学を中退する直前から今までどういった意思決定をし、どんな努力と経験を積み重ねてTwitter本社でのエンジニアのポジションを獲得したのでしょうか?経緯 (現地のビザの獲得についても含めて)を教えていただけますと幸いです。 | ask.fmhttps://ask.fm/jugyo

    About Kazuyuki Kohno: Nothing here yet Kazuyuki Kohno photo gallery: Nothing to show here at this time 「人生の明確な目標があってそのために意思決定と努力をしてきた」という感覚は実はあまりないんですよね。ただ現実を直視して自分をごまかさないようにする「癖」みたいなのがあって、それでなんとかやってこれた感じですね。人生の各所でビビってしまうできごとってあると思うんですね。例えば僕の場合は初めて参加した海外のカンファレンスで、飛び込みで5分間の発表をやってみたら?と知り合いに言われ、ここで尻込みしたらびびってる俺めっちゃカッコ悪いやん、めっちゃダサいやん、って思ったんですね。スポーツでも一緒で、僕は大学中退後スノーボードをしばらくやってたんですが、ビビってたら全然うまくならないんですよね。この

    大学を中退する直前から今までどういった意思決定をし、どんな努力と経験を積み重ねてTwitter本社でのエンジニアのポジションを獲得したのでしょうか?経緯 (現地のビザの獲得についても含めて)を教えていただけますと幸いです。 | ask.fmhttps://ask.fm/jugyo
  • 大学院、中退することに。 : ボルボラのブログ

    2016年03月15日22:00 カテゴリ 大学院、中退することに。 私が大学院を中退するからといって、読者諸氏にまったく関係ないし、なにしろどう頑張っても位辛気臭い話にしかならないのだが、奇特な人は経緯が気になるかもしれない。とはいえ、退屈な話ではあるから、別にいいやと思う賢明なる御仁は現時点でブラウザバックし、ニコニコ動画にでもアクセスし、愉快な動画で笑ったほうが良かろう。「腹筋崩壊」とかそういうタグがいい。それから、ぐっすり寝るのだ。 かなり長くなる。 大学院修士過程を修了するいくらか前、私は就職活動に入るか博士課程に進むかで迷った。ふつうに考えるなら、博士卒は就職には不利に働き、よほど研究が好きでないと選ばない道である。少なくともそういう通説になっているし、それで正しいと思う。しかし、私の所属する研究室では、博士課程に進学する先輩方も多く、また就職に困ってもいなかった。どころか、修

  • DeepMind:AlphaGoをつくった「4億ドルの超知能」はいかにして生まれたのか?

    Puyosty
    Puyosty 2016/03/16
    夢見た場所
  • 罪悪感に苛まれながらも先延ばしにしてしまう

    嫌なことを先延ばしにしてしまう癖がひどく、治したいと思っているが治らない。 思えば昔からそうだった。夏休みの宿題はいつもギリギリ。予習復習が嫌で先延ばし、テスト前にまとめて頑張る。成績は低空飛行。早めにやって、わからないところは質問しに行こう、そういうプランは思い描くものの、結局徹夜で勉強するから質問する時間なんてない。大学受験は1年余計にかかった上に第一志望には落ちた。 危機感を覚えたのは就職活動のときだ。ESを書くのがいやで、提出日当日になって書き始める。徹夜の挙句書き上がらず、午前中に別の面接に行ってから、午後の面接の直前まで、移動の電車の中でも、ESを書いていたこともある。宿題が出せないとかそういうレベルではない。ES出せなければ人生変わるかもしれないという重要な書類をきちんと余裕をもって作成できない不甲斐なさ。 さらに問題なのは、先延ばしにしてる間、決して他のことを楽しんでいるわ

    罪悪感に苛まれながらも先延ばしにしてしまう
  • 引っ越しでやらないといけない25の手続き!引越しやることリストまとめ - 引越しハック

    転居届(市内の引っ越し) 今住んでいるところと同じ市区町村へ引っ越すときに必要です。 新しいところに住みはじめた日から14日以内に出しましょう。 転出届(市外へ引っ越し) 今住んでいるところと違う市区町村へ引っ越すときに必要です。 届出先 : 今まで住んでいた市区町村 届出日 : 引越しする日の14日前〜引越し当日 転入届(市外から引っ越し) 今住んでいるところと違う市区町村へ引っ越すときに必要です。 届出先 : これから住む市区町村 届出日 : 引越しした日から14日以内 マイナンバーカード マイナンバーカードは転居届や転入届を出すときに一緒に渡せばオッケー。 忘れた場合は後日でも大丈夫です。 国民健康保険・介護保険 同じ市区町村へ引越ししたときは、14日以内に住所変更をしましょう。 違う市区町村への引越しは、今住んでいる市区町村で喪失届を出し、これから住む市区町村で転入届を出した後、保

  • ねえみんなは何を楽しみに生きてるの?

    俺には趣味がない。好きなことを聞かれると困ってしまう。 楽しいことがなにも無いってわけじゃない。ゲームおもしろいと思うしツイッターも見ててニヤニヤしたりするし、スポーツやるも気持ちいいと思う。 でもそのために生きてるかというとそうじゃない。好きは好きだけどそこまでの熱量は無い。休日にゲームして「明日からもがんばれる」とか思わない。これらが明日からできませんと言われてもそこまでショックを受けないと思う。休みの日でもなにもせずぼーっとしてたら一日が終わるのも珍しくないくらいだし。まあこれは疲れが抜けにくい体だってのもあるけど。 仕事上、人と雑談することが多いんだけど、趣味の話とかになるとおれはゴルフとパチンコをよくやるってことにしてる。実際ほとんどやったことないけど好きなおっさん多いから話がひろがりやすい。 でも今日、俺なんでこんな嘘ついてんだろうって思ってしまった。やっぱりみんな好きなこと

    ねえみんなは何を楽しみに生きてるの?
  • 日記 10/30-31

    Puyosty
    Puyosty 2015/11/01
    おめでとうございます!
  • 40代からのお金の教科書|岩瀬大輔のブログ

    2015年07月14日15:25 カテゴリ 40代からのお金の教科書 このところFacebook を開くと、毎日のように同年代の友人たちが40歳になっていく。小学時代のマドンナも、中学時代の部活の仲間も。高校時代の天敵も、大学時代の盟友も。それはつまり、早生まれの私が39歳になり、40歳になる年を迎えたということなのだ。 不思議なもので、40歳になる日が近づくとともに、世界の見え方が変わってきた気がする。先輩諸氏には「39歳?まだまだ若いなぁ」と言われるが、自分が22歳の頃から考えれば40歳というのはかなりのオトナである。当時おぼろげにイメージしていたような立派な大人になれているのだろうか。まったく自信がない。 どう変わったかと一言でいうと、キャリアなり人生なりを、終わりから逆算して物事を考えるようになったのだ。人生80年と考えれば折り返し地点だし、22歳から65歳まで働くとしても中間地点

    40代からのお金の教科書|岩瀬大輔のブログ