◆巨額の運用損と損失処理策の策定 オリンパスは1985年以降の急速な円高で営業利益が減少し、下山敏郎社長の時代に財テクを重要な経営戦略と位置付けた。90年にバブルが崩壊すると運用損は膨れあがった。85年ごろ、運用は経理部資金グループ係長だった山田秀雄・前常勤監査役が引き受け、その後、森久志・前副社長が部下となった。 ◆損失分離(飛ばし)スキーム 山田、森両氏は2000年4月以降に適用される時価評価主義に合わせるため、97年から98年にかけて、含み損を抱えた金融資産を、連結決算から外れるファンドを使って簿外に分離する「飛ばし」のスキームを考えた。このスキームは、受け皿となるファンドに〈1〉オリンパスの預金などを担保に銀行から融資させる〈2〉オリンパスが設立した事業投資ファンドから資金を流す――ことで、含み損を抱えた金融商品を買い取らせる仕組みだった。受け皿ファンドはヨーロッパ、シンガポール、